難聴の人とコミュニケーションをとるのに手話を学んだり使ったりするのは批判されるような「安易に使う」じゃないから、大丈夫。
健常者のあなたが、「自分が教材や授業で学んだ手話が正しくて、ろう者のあなたの手話が間違っている」みたいな勘違いした態度とか、手話ができることを自分を飾るアクセサリーのように扱う態度をとらなきゃ気にする必要はない。
というか、一緒の学校に行った難聴の子や友人は気にしていないようなのに「いつかどこかの誰かが文化盗用と批判するかもしれない」みたいな些細な理由で、「学ぶのも使うのやめます~」なんて、本末転倒でしょ? 目の前に、手話を使った方がコミュニケーションに資する人がいても、そのことより、批判される可能性があって怖いことの方が重要なの? あなたが批判されたら「批判される筋合いはありません」って反論すれば良いだけの話なのに。
ニュースの小学生と同じように、小中学校の頃点字と手話を学んでいた。簡単な意志疎通程度しかできないけど、学校で難聴の子と話するときとか、誰も嫌だなんて言わなかったし逆に...
難聴の人とコミュニケーションをとるのに手話を学んだり使ったりするのは批判されるような「安易に使う」じゃないから、大丈夫。 健常者のあなたが、「自分が教材や授業で学んだ手...
文化盗用した人がアメリカのキャンセルカルチャーでどんな目に遭っているかを見せつけられたら、 気にしなくていいなんて到底いえないよ…