東大京大卒が外資系にばっか行くみたいな話を見てて思うけど
一般庶民と隔絶したハイパーエリート様が
海外で十分やってけるようなグローバルな力があるのにも関わらず無意味に国内企業の枠をすべて取ってしまって
結果外へ出る力もないけど国内のいい会社の枠もないで一般庶民が困るよりは
まだマシなんじゃないかなあと思う
別に能力があるけどあえて低い能力で十分な職を選ぶのは個人の自由ではあるんだけど
それがあまりにも多いと、その低い能力で十分な職でないと生きれない人の困窮をどうにかするための社会コストが増えそうな気がする。
エリート様はエリート様の世界に専念していただく。庶民のパイを無意味に取らない。取らなくても生きていける力があるんだったら。
それはそれである種のノブレス・オブリージュではないかなあと。
もちろん国内企業にだってエリートでないとできない仕事もあるだろうから程度問題ではあると思うけど。
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