でも例えば今小学生に戻ったとして
何か作れるようになるために何を始めようかと考えると、特にどれもやりたいと思えないんだよね
つまり「なにか作れる人たち」という集団全体を指して「羨ましい」わけで
集団の中の一個人になりたいかといえば、ちょっと違うのかもしれない
こういうのは会社に対しても起こる
大企業を指して「あの会社良いな」とは思うが、一社員になりたいかといえばちょっと違う
それはもう偉人すぎるし目指そうと思って目指せるものでもない(ジャンプの主人公みたいだな)
結果的に「いいなあ」が常に正しいし、たとえなにか作れるようになっても「いいなあ」の病気は治らない
作曲しようが絵を書こうがプログラムを作ろうがゲームを作ろうが、小説で賞を取ろうが歌で成功しようがブログでアクセス数を稼ごうが会社を上場させようが有名な芸術家になろうが
どこまでも満たされない
子供作れるで