自分は今まで「語彙力=同じ事を伝えるのに多様な表現を使うことで、自分が言葉を沢山知っているのを自慢できる能力」だと勘違いしてた。
だから、語彙力なんてのが身についても人に偉そうに出来る様になるだけなんだから身につける必要なんてないと考えていた。
違った。
語彙力っていうのは「自分が伝えたいことをより高い精度で他人に伝えるための表現を選ぶことが出来る言語能力」だったんだ。
ネットを通じて文章を色々と書くようになって、リアルでも日記をつけるようになって、そうして少しずつ色んな形で文章を書いているうちに、ようやくこの事が分かった。
時折はっきりと自分の非力を感じることがある。
自分の綴った文章と、自分の頭のなかにある伝えたかった出来事を見比べディティールの甘さにうんざりしそうになる。
自分の頭のなかにあるイメージを人に伝えるには、言葉や絵を使うしか無い。
表現力の未熟さはそのまま、他人と自分の間で齟齬が生まれる確率の高さだ。
共感も理解もしてもらえない可能性、単なる誤解で全部終わってしまうリスクの大きさだ。
誤解されたくない。
語彙力が欲しい。
完全には分かり合えないなりに、分かり合いたい部分で少しでも明確に分かり合うための手段として語彙力が欲しい。
私にはそれを語彙力と言うのか分からない。 だが、人に物事を伝えたいだけならば美文は必要ない。論理的にまとめられた箇条書きで十分ではないか。