「怒らないことはよいこと」
「怒るのは、小さい男」
最後に殴り合いのケンカをした中学生時代からこちら、ずっとそんな風に思い込んで、20年くらい生きてきた。
「それはないだろ」。相手の言動や行動に、反発を感じることは、仕事でも、短かった結婚生活でも、よくあった。
そうなると、すぐに「ま、おこってもしかたない。そういうものだもの」と思い直して、やり過ごしてきた。
でも。
捨てたと思っていた感情は、時に自分に牙を剥く。ひとりの夜に襲ってくる。耳鳴りがして、のどが渇く。それでも、歯を食いしばって布団をかぶり、目をつぶっていると、いつしか眠りが訪れて、僕を救ってくれた。ああ、昨日は寝つきが悪かったなあ。そう、軽く済ます。決まって、そんな夜はシュークリームが食べたくなった。コンビニで買えるような、安いやつ。
でも。
ある日突然、「あ、終わりだ」。
憑き物が落ちたみたいに、情熱を注いだ仕事や愛する人に、何の関心も持てなくなる。胸のつかえがなくなると、また僕はただの陽気な男に戻る。
そんなことを繰り返して、ようやく気づいた。
「僕は怒りかたを、しらないだけなんだ」
怒らないことがいまの僕を、つくってくれた。
怒らないことが僕を、苦しめた。
怖くてしかたがない。
いまのままでいるのも。怒りを抱えてしまうことも。