「自転車にやさしい社会になってほしい」って言ってる記事に「自転車は自立していないとおかしい!」と言い出す理屈はなんなの?
ここは順序が逆だと思う。「自立しない自転車を助けてくれない社会はやさしくない」と言うから「自転車なら自立くらい自分でしろ。そこまで知るか」と言われてるだけ。
「俺の自転車はロードバイクだからスタンド付けられないんだよ」というなら「別にロードバイクじゃなくてもいいのでは?」という答えが返るだろうし、
「でもロードバイクじゃないと速く走れないんだよ」というなら「50kmも60kmも出さなきゃいけないんなら電車でも車でも乗ってくれていいよ。そこまでがんばらなくていいから」と大抵の人は答えるよ。
結局
「ダサイから」「(数百gの)スタンドでも重いから」なんて理由しか残らないので「その程度のことまで社会が負担するのは無駄が多い」という感情が上回るんだろ。
「何でそこまで嫌われるのか」への答えとしては 『「自転車が普及するのは良いことだ」を逆手にとり「(自転車で自動車なみにがんばるとかむしろ危ないから)そこまでやらなくていい」という言葉を無視してロードバイクで走り回り「なぜ助けてくれない」と勝手に困ってるから』ではないだろうか。