2015-06-08

自分の吐き出したいもの作品になる、その熱が作品への糧となる。

好きな漫画家さんが吐き出した言葉にハッとさせられた。

自分もそうしていたはずなのに、吐き出す場所が増えてしまった。

その果てにこの匿名ブログだ、

作品を作ることをやめてしまったら、唯一わたしを私と言えるものがなくなる。

もうやめよう。吐き出すことは。

いいや、ツイッターで吐けばいいこと。140字区切りしか言えないこと、その区切りで、

私のバカな頭は、少しずつでも言いたいことをくぎれる。

飲み込むのではなく、言いたいことが徐々に何を言いたかったのかわからなくなるから

バカな頭は、都合よくできている、

すぐ忘れられるように。

悲しみも苦しみも

今の私の中では溜まり辛い。

それほどの感情が動く出来事がないから、今まで以上に今は穏やかに過ぎてしまうから

私の多くある糧の一つが、尽きてしまう前に、

もうやめよう。

作品を作らねばならない、

その作品が、認められないのなら、生きる意味はないのだから

以前、「創作とは魂の救済、創作をやめた人は、救済されたのだろう」というような言葉を見かけた気がする。

私は、創作に、自己投影感情を込めることが多い。

そういうことなのだろう。

ダラダラと命綱理由や、それに至るまでを、自己満足承認欲求で、吐き出してはいけなかった。

その熱を糧として、創作をしよう。

これ以上、吐き出さないために、このアカウントを消そうと思う。

もともと、一つだけ吐き出したかったのに、このざまだ、

アカウントを消すのはケジメということだ。

  • 増田で吐き出してたことそれ自体も作品の糧にならんの。創作とはこう在るべきっていうそれ、どこかから借りてきたもんじゃないの。

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