ポジティブな意見の人は確かに「それは善」みたいに書くし、逆にネガティブな人は
「俺はしないって決めてるから」っていきなり言う上に、
「臓器提供するのが善だと決めつけないで欲しい」とか付け加える。
もう、ガチガチにガード固めている。
いや、自由なわけですから、わざわざそこに書くなら何か心に訴えかける事を書いてくれれば良いのに。
で、そこに「そうそう」「そうそう」って賛成する人が二人出てきて議論終了。
十分語ったところで、「今のところの自分の意見はpositive」などと表明。
基本自分語り。
他人を攻撃するでなく、そうして味わいが深くなっていく、という事が生じてくる。
ならばお互いの経験の共有を、というのは正しい井戸端会議なんじゃないの?とは思う。
「自分語り」なんて一番ダメな議論のパターンだと思い込んでいたが、そうでもないのか?「かみ合ってない」の代表例みたいなもんだと思っていたが。
日本人は議論というと国会討論のようなものを目指すのかもしれないし、またディベートについても誤解があるように思う。 日本ではない別の国のネット上のやり取りを見ていると、 意...