2013-12-19

鏡について、そして写真に写ることを嫌う理由

鏡に苦手意識を持っている人は多いと思う。

昔、鏡が左右が逆の光景を映していると知って怖くなった。

怖いと思った理由は

  1. 左右が逆なので鏡に映っている僕は僕ではない
  2. だけどこの世で僕に最も似ている人だ(多分鏡に映る像を人に見せたら僕だと判断されるだろう)
  3. なんか本能的に怖い

それでずっと鏡やガラスを避けてきたんだけど、ふと、じゃあ鏡に映っているのは僕なのか僕ではないのかと考えた。

普通の人は、鏡を自分の姿形がそのまま反映されていると考える。

すなわち鏡の中に自分を見る。

だけど僕は鏡の中に自分を見ることができない。

もし鏡に映るのが自分だと認めてしまうと、理由1に反してしまう。

自分のホクロは右手にあるのに、鏡の中では左手にあるのだ。

生理的にこの矛盾に耐えられない。

では鏡に映る人間自分ではないと決めると、理由2に引っかかる。

この世で最も僕に似ている人、違いは左右が入れ替わっているだけ。

この考えも受け入れることができない。

今までは映っているのは僕じゃないから直視しなかった。

特に顔は人間の最も特徴的な部分だから絶対に見なかった。

本当はそうじゃなくて、もしかしたら、鏡の中にいるのが誰かという判断を先延ばしにしたかったためかもしれない。

そう考えると、写真に写るのが嫌いな理由は、そこに写っているのが誰かを考えたくないからかもしれない。



思春期コンプレックスを解消しないまま成人するとこうなる。

こうなりたくないな人は、ちゃんと鏡を見て自我を形成しましょう。

追記(2014/2/19)

いろいろ掘り下げが足りんとしかられましたが、僕は基本的ヒュームが好きなので公理として心象から始めてみました

貰ったコメントの中ではtoru-nakataさんのコメント"四次元で回転させれば、鏡像は原物に一致するので気にせんでもよい。"が一番すっきりしました

そうか、四次元で考えたら鏡像は自分と同等なのか

まり自己と鏡像は四次元では区別がつかないのか

アイデンティティに苦しむことが無いわけだ、四次元では

......しかしそうすると鏡(像)が四次元に属するのか気になるのであった

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