はてなキーワード: イメージとは
淫夢由来の用法を使うんじゃねえ!!!とキレ散らかしている増田が袋叩きにあっているのを見てたらなんか不安になってきた。
エロ由来のワードを平然とOL相手に使うのって俺的にはいつセクハラ扱いされてもおかしくないような行為というか、むしろセクハラ扱いされそうでされないラインを楽しんでるクズが積極的に使ってそうってイメージなんだがな。
放置とだけ言えばいいのにあえてプレイをつける理由が思いつかないんだよね。
敏感すぎるのかな俺が
江戸の昔から東京っぽさというのは雑然として猥雑ななんでもありなイメージでステレオタイプからは程遠い
田舎者向けに記号化されてるところだけ見てるからそう思うんじゃない?
広いんだよ東京は
ニート→障害者雇用→クローズ正社員という経歴の人間だ。30代男性。発達障害、社交不安障害、鬱、BPD(男性では珍しい)など、それなりに生きづらい人生は送ってきていると思う。
色んな人の助けがあってここまで社会復帰ができたが、今新たに問題が発生している。30代男性が持っているであろう社会経験が全く足りていない。
30代といえばビジネスマンとして中堅として活躍し始めるはずの年代だ。プライベートでは結婚し、子どもがいる人も少なくはない。何より心身ともに成熟し落ち着き始める頃だろう。自分にはそのようなイベントや経験が抜け落ちており、あるのは若くない外見だけだ。経験のなさが不気味さとして映っていないか、しばし不安になる。
今の自分は仕事ができるとか、ビジネスマナーも足りていないとかそういう段階にすらない可能性がある。年相応の社会人としてどうふるまえばいいかわかっていない。社会の文脈や背景が読めないから、相手の言葉の意図がつかめない。誰しも引っ越しや転職などで環境を変えると、今までの環境とのギャップを感じると思うのだが、そのギャップがとてつもなく大きいイメージだろうか
自分の行動で周囲をたびたび不安にさせるというか、言葉を選ばずに言うと、やばいやつだと思われている。相手に嫌な顔をされたり、避けられたり、嫌味らしき言葉を吐かれて「この言葉や行動はそこまで相手を不快にさせるものだったのか?」と気づき、一つ一つ修正している。昔から「この人やばいな」と思われることは多かったが、転職してからはその数が若いころの比ではなくなった。未熟さは社会経験のなさは、障害をオープンにしていた頃は配慮されていたし、若さで許されていた側面もあったのだと今になって気が付いた。「30代の中堅社員」という役割を期待されるにもかかわらずその役割に乗れない僕は、気持ち悪いおっさんとして映ってもおかしくない
発達特性というより、社会経験のなさから来る生きづらさなので、趣味のサークルでも飲み屋でも外に出てみるのがいいのかもしれないと考えた。しかし30代の友達とコミュ力のない独身のおっさんがいったいどこに行けばいいのだろう?飲み屋なんかに行くと陽キャばかりで浮いてしまったし、読書サークルに入ったときは発言が過激だったからか浮いてしまった。ボドゲバーやネトゲ、ネット上のコミュニティは何だかんだ10~20代の若者のノリで居辛かった。趣味でカメラを買いInstagramを始めたが続かなった。深くは語らないが、障害者の自助会でも僕は馴染めなかった。まだ試していないことは多くあるので、ガチャ回る感覚であちこち行ってみるのもいいのかもしれない
ニート時代からクローズ正社員になるまで頑張ったが、このまま変なおっさん、やばいおっさんとして孤独に老いていくのか。そう考えると少し辛くなる。
プログラマーって暗い部屋で一日中カタカタパソコンやってるイメージに思われるけど一日中座ってるのって意外と体力要るんだよ。体力が減ると頭も回らなくなって仕事効率が悪くなる。
だからプログラマーでも趣味がキャンプや登山、筋トレとか真逆の趣向の人の方が優秀な人が多い。ダメな奴は息抜きが出来ない。
漫画家、イラストレーター、プロゲーマーも同じく仕事で座りっぱなしだからオフの日に真逆のアウトドアな趣味をやる人が効率良く仕事をこなせる。
引きこもりはそういう職業に憧れて目指すけど息抜きもゲームしたりSNSするから息抜きにならず体力も無く納期に間に合わない、頭が回らない、非効率な仕事しか出来ないで、仕事にならず病んで生活保護受けて引きこもりになる。
デスクワークでも体力が無いと話にならない。
ふむ
並ばないと入れない入場制限のある店に入るのに親切な彼を巻き込んで彼氏を連れ歩く女王の自分のイメージが壊れた、まで読んだ
そもそも親切な人なので文句も言わず行列に一緒に並んでくれたわけだが、その親切さは自分のためにのみ使いたい、人に対しては使ってほしくない、とあなたは思うわけだ
一定数いるんだけど
同性愛に対してすごく厳しい人もいる
これも2、3割くらいのイメージ
ただ現代では殊更大きな声で言う人が少ないから年々居ないものとされていってる
これらの存在について気になるのは
彼らは単純に「自分の理解できないものに対して不寛容なだけ」なのでは?という疑問
できれば、その他の特殊性癖についての許容/否定をアンケートしてみたい
8年も真面目に都知事やってれば数々の立派な実績があるはずで、
それを武器に堂々と戦えばいいのに、
対蓮舫にしても、対石丸にしても、イメージ毀損戦略に徹しているあたり、
本人も支持者も武器になる実績が何もないことは認めているんだよね…。
ひっそりとした雑感の追記
こんな適当に書いた文章に思いの外たくさんのリアクションを得て驚いている。
これを狙ってできたらヒットメイカーになれるんだろうけど、狙って書くとこうはいかないんだよな。
無欲の勝利というか、自然に出てきた文章が皆の共感を得るということは、私はやはり庶民なのでしょう。
あまりにも適当に文章を書いたせいで、多くの誤解を生んでいる。
別にいいんだけど。
いい加減に書いたせいで、読んだ人それぞれに色々な読み取り方ができるようになったのが、多く読まれた要因なのかなあ。
いや、どちらかといえば何気なく書いた親父の話がSNSで自分と無関係なニュースに噴き上がっている人たちの姿と重なって見えたのがみんなの共感を生んだのかな。
あと、適当につけたタイトルの引っ掛かりがよかったのかもね。つんくも歌詞に違和感がある方がフックかかるって言ってたし。
「ニュース見るのやめた」とは書いたものの、よくよく思い返せばそれまでだって熱心に世の中の事件を追ってたわけじゃなかった。
自分の関心事については色々考えてたし、そのなかには世の中で話題になってるようなこともあったけど、やはり私は自分に直接的に関係ない、実感を伴わないことについて興味を持つことが苦手なようだ。
そもそも所属サークルの人間関係にすらあまり興味がないので、政治や戦争となるともうダメ。
近代市民社会の一構成員としてはあまりよくない態度であるとは思う。
けど、世の中の9割の人間は早慶に合格する程度の国語や数学ができない人たちなわけで、そんな人間がこの複雑な社会をまともに理解できるわけがなかろうという諦めがあるんだよな。
すぐ話が逸れる。
冒頭に話を戻すと「ニュースを追うのをやめた」というのは、意識の問題で、「追わなきゃ、というプレッシャーから自分を解放した」と表現したほうが正確だったかもしれない。
あ、でもツイッターとかは意識的に目に入れないようになったな。これはニュースというより、知らん人の大喜利とかお気持ち全般だけど。
「一般的に大人が関心を持つべきもの」を見ないだけで、知的好奇心はそれなりに旺盛なので、本も読むしNewsPicksには課金してるし、ABEMAプライムも少し前までは見てた。
老化じゃないのかとのコメントあったけど、まあ良くも悪くもそうかもしれない。
老化という言葉を使うと悪いイメージがあるけど、別にそんな悪いことではないし。今までそれで世界に貢献できてたわけじゃないからね。
ニュースに一家言持つことが世界を良くするよりは、主にSNSによって悪い方に働いてるなと感じたし、そういう人たちもあまり幸せそうには見えなかったので、自分が気楽に過ごせる方に舵を切る方が、世界の総幸福量増大に資するよなってことで。
全部論点ずらしだな。地方か都市かの議論はこっちの論点ではない。
お互いが都市とか地方とかてイメージする範囲が違ってただけの話だ。
こっちの論点に戻すが、「住んでるところによっては、デートコースでも普通に歩いている老人に出くわすような場合もあるだろ」と言う意味だ。
これが、「地方」「都市」という言葉を使わずにもう一度主張しなおしたものだ。
これに対する反論をしないと、反論できたことにはなっていない。
ここまでかみ砕いてやれば伝わるか?
ある記事やツイートに対して「これは嘘松ではないか」と疑う人が居るとたまに見るのが、「嘘を嘘として楽しむ奴は減った」という主旨の発言。
「1億年ぶりに○○した」みたいなあからさまなネタならともかく、「こういうことがあって~」という体験談系に対してまで「嘘を嘘として楽しもうよ」とするのは違うと思う
そういう体験談、そもそも面白さの根幹が「本当にそういうことが起きた」点にあると思うし、そこが揺らいだらもう面白くねもん 本当か嘘かが気になってしまうのもしょうがないよ
楽しめる嘘がちゃんと前もってカニカマと教えてくれるカニカマだとすると、体験談系の嘘松は本物のカニと偽ってカニカマ出してるイメージ