はてなキーワード: 歴史的評価とは
数十年前、子供向けの伝記でコロンブス読んでたけど、伝記読んだからといって憧れるもんではなかった気がする
そもそも、子供向け伝記って、徳川家康だったら幼少時代に子供たちの石投げ合戦を見てどちらが勝つか予言したとか、豊臣秀吉が信長の草履を温めておいたとか、野口英世はお母さんが息子のために頑張ったとか、毛利元就は子供たちに三本の矢で教訓を教え諭したとか、「大人になって何やったか」とは関係ないとこが盛り上がりポイントだし
そこが史実であるかどうかすら、あまり関係ない。毛利元就に実は三本の矢エピソードなんてなかったかはどうでもいい。コロンブスにしても、なんなら最大の盛り上がりポイントはコロンブスの卵エピソードで、アメリカ大陸発見はエピソードの重要度からいうと3番目か4番目ぐらいの位置づけだろう
いや、なんなら大人ですら、偉人なるものが何やったか、どういう理由で評価されてるかなんて知らない(大河ドラマ見て歴史上の業績評価ポイントがどう描かれてるか気にするやつなんて他人に知識披露してマウント取りたいイキリ歴オタだけ)し
たとえば秀吉だって、数十年前の概説書の時点で普通に批判的な書かれ方されてたりするけど、その後に出版され売られてる秀吉の子供向け伝記がダメって話にはならないよね。伝記の売りポイントは草履あたためや一夜城建設で、言いたいことは「「若いころ頑張ったので偉くなりました」だし
なので「昔と今では歴史的評価が変わったからコロンブスは今はもうアカン」という題の立て方は、まったくピンとこないし、今、起きてるMVの受け取られかたや批判とも、そこまで関わる話にはならんと思う
歴史的背景
クリストファー・コロンブス(1451-1506)は、1492年に新大陸(現在のアメリカ大陸)に到達したイタリアの探検家です。彼の航海は西洋に新たな領地をもたらしましたが、近年では彼の行為に対する批判が増えています。
コロンブスの評価が悪化している主な理由は、彼の探検がもたらしたネイティブアメリカンに対する暴力と搾取にあります。今日の価値観では、人権と平等が重視されており、コロンブスの行為はこれに反するものと見なされています。
暴力と搾取: コロンブスと彼の部下は、到着した土地のネイティブアメリカンに対して暴力を振るい、彼らを奴隷にしました。
文化の破壊: コロンブスの到来は、ネイティブアメリカンの文化や社会構造を破壊しました。多くの人々が病気や戦争によって命を落としました。
強制労働: ゴールド採掘などのためにネイティブアメリカンを強制労働させ、多くの人々が過酷な労働条件の中で死亡しました。
歴史的背景
織田信長(1534-1582)は戦国時代の日本の武将であり、中央集権化を推進し、戦国時代の終結に大きな役割を果たしました。しかし、彼の手法は残虐であったことから、一部で批判されています。
比叡山延暦寺の焼き討ち: 1571年、織田信長は比叡山延暦寺を焼き討ちし、多くの僧侶や一般市民を虐殺しました。これは、彼が仏教勢力を抑え込むための手段とされています。
長篠の戦い: 1575年の長篠の戦いでは、鉄砲を大量に使用し、敵兵を無差別に虐殺しました。この戦術はその後の戦国時代に大きな影響を与えました。
一向一揆の鎮圧: 一向宗の反乱に対しては、徹底的な弾圧を行い、多くの信者を殺害しました。
3. 共通点と相違点
暴力と抑圧: 両者ともに目的達成のために暴力を使用し、抑圧的な手段を取りました。
文化破壊: コロンブスはネイティブアメリカンの文化を破壊し、織田信長は宗教勢力を弾圧しました。
歴史的な影響: 両者の行為は、それぞれの地域に大きな歴史的影響を与えました。
相違点
行為の規模と影響: コロンブスの行為は、広範な地域にわたり、多くの民族に影響を与えました。一方、織田信長の行為は主に日本国内に限られていました。
目的と動機: コロンブスの探検は新たな領地の発見と経済的利益が主な動機でしたが、織田信長は国内の統一と権力集中が目的でした。
コロンブスと織田信長が評価される背景には、それぞれの文化と歴史的文脈が影響しています。西洋においては、コロンブスの行為が植民地支配と結びつき、その影響が現代の人権意識と相反するため、批判が強まっています。
一方、日本において織田信長は、中央集権化と戦国時代の終結に貢献した英雄として評価されることが多いです。彼の残虐行為も、当時の戦国時代の混乱を収束させるための必要悪とされることがあります。
教育やメディアの影響も大きいです。西洋では、コロンブスの日が祝日として祝われる一方で、その意義が再考されるようになっています。日本では、織田信長の功績が教科書などで強調されることが多く、彼の残虐行為は背景に隠れがちです。
現代の価値観では、人権や平和が重視されるため、暴力や抑圧行為は厳しく批判されます。コロンブスの場合、植民地支配の象徴としての批判が強いですが、織田信長の場合は、国家形成と統一の一部として受け入れられることが多いです。
5. 結論
コロンブスと織田信長は、共にその時代の歴史に大きな影響を与えましたが、現代の価値観と文化的背景の違いから、それぞれ異なる評価を受けています。コロンブスの行為は広範な地域に影響を与えた一方で、織田信長の行為は日本国内に限られ、国家形成の一部として認識されています。これらの違いは、歴史的な背景と現代の価値観の相違によるものであり、教育やメディアの影響も大きいと考えられます。
35歳二人の子持ち専業主婦。これを書くのには勇気が言ったが、誰かの心の支えになるという確信があるので書く。
息子は中2、ASDで娘は高校2年の健常者。夫は確定診断はないが自閉症スペクトラムの気質持ちだと思う。
これを書こうと思った動機は「吐き気で苦しんでいる母にASDの息子がダイの大冒険がどうのと声をかけてきた」というツイートを見て、その日ずっと涙が止まらなかったからだ。ツイート主の苦しみが目から血を流して死んでしまいたいくらいのものだということが心の底からわかる
それでも案外母の気持ちに寄り添う引用リプが多かったのには救われた気分だった。私の母の時代だったらこうはいなかっただろう。
はっきり言うけど、オスの障害者は家父長制維持のための部品だ。それを産んだ時点で母親は原罪を背負われる。そして産んだものに対する無償で魂が擦り切れるほどの献身が当然のごとく要求される。
それに対して女がほんの僅かでも苦しみを吐露したら「鬼」「お前が産んだのが悪い」と罵られる。私が自殺するときが来たら巻き添えにして殺すのは義母だろう。
障害者のオスはそうやって女を無限地獄のケア労働に縛り付けるための「重し」として機能することを15年の育児で骨の髄までわからされた。
夫のように多少頭の回る障害者もっとストレートに憎しみの対象だ。彼らは女に心身ともにたっぷりケアされないと簡単に逆上する。自分が障害を持っているからというコンプレックスを女にぶつけてくるのだ。
(なぜそんな男と結婚したのかという匿名のミソジニストの罵倒が予想されるだろうけど、そういう質問をすること自体が自閉症の弱男的なのだという”ニンゲンの常識”を死ぬまでに身に着けておいてください)
今の私にとって支えとなるのは娘。娘がいるおかげで正気を保ってる。人の感情が読めない夫とその遺伝子を濃く受け継いだ息子を育てる苦しみに耳を傾けてくれる第一の存在が彼女だ。娘と私はたぶんフェミニストだし、教育の程度はいいからリベラルな価値観を共有していると思う。
障害という錦の御旗を通してなお卑劣に女を抑圧するこの男性社会のサバイバーとしてお互い生きてきた絆が娘と私の間にある。
去年の秋、娘がボロボロに泣き腫らして帰ってきた。冷静な彼女なので一体何をされたのかと気が動転したが、聞くと歴史の授業で「第二次大戦中のドイツ政権」※にたいして肯定的な意見をいったところ、教師に吊るし上げられ「あなたどういう親に育てられたの」と大声で指弾されたらしい。
娘をリンチした馬鹿教師は私が色んな仲間にかけあって教育委員会にまで上げて飛ばしたけど、あのことがあってから娘と私は「昔のドイツ政権」がした女性を解放する政策について時々話すようになってる
そして今の世界情勢を見て、私はあの時のドイツはある部分では正しかったと私には思えてならないし、私の家族たちのような人間に関わる別の政策についても、絶対悪と呼べるような時代は終わりつつあると感じている
フェミニズムの観点からの「第二次大戦中のドイツ政権」の再評価が必要だと本気で思ってる。
私は結構色々な運動に首を突っ込んでいるし、障害を持った人間を育てるフェミニストの仲間といえる方とも出会っているから、少しずつこうした話を広めていけると信じてる。
残酷だけど、命は至上の価値じゃない。ましてや本来なら尊厳ある生を歩めたはずの女性の足かせになることが、劣った器質を持っているからというだけで正当化されていいわけがない。
※補足します。私が第二次大戦中のドイツ政権に対して一般的によく知られた政党名を使わないのは、そうやって悪の権化であるイメージがついた名前を使うことで女性が非道な悪人の濡れ衣を着せられ偽善的な左翼男性のミソジニーに利用されるだけということをよくわかってるからです。
・私のことをある呼称で呼びラベリングして鬼の首を取ったかのように誹謗する自閉傾向を持つミソジニー持ちがここにはたくさんいるでしょう。私がそれでもこれを言うのをやめないのは、もはや男性が人権や政治的正しさやあまりにも覆しずらい歴史的評価の重みという圧力をもってしても虐げられた女性の声を封殺することはできないと信じているからです。私は息子に手をかけません。世界はいずれそういう女性たちにもっと敬意を払うべきと認識するでしょう
原資未解明 5年で5億円 首相政治資金 地検特捜部が関心
鳩山由紀夫首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」をめぐる政治資金収支報告書の虚偽記載問題で、同会と首相の個人事務所が二〇〇八年までの五年間で計約十数億円を支出しながら、解明されない原資が約五億円に上ることが、関係者の話で分かった。
東京地検特捜部も、この事実を把握しており、資金管理を担当していた元公設第一秘書(解雇)に説明を求めている。
関係者によると、懇話会と首相の個人事務所の年間総支出は、合わせて平均二億数千万円に上る。しかし、懇話会が虚偽記載分をのぞいて実際に受け取った寄付金とパーティー収入に、鳩山首相が国会で自ら認めた鳩山家の資産管理会社「六幸商会」からの引き出し分を含めても、年間の政治資金収入は平均一億数千万円にしかならず、差し引き毎年一億円前後の不足分の原資が解明できないままになっているとされる。
懇話会は献金問題が発覚後に、虚偽記載分の個人献金約二千百七十八万円を首相の貸付金として修正し、収支報告書の収支を合わせた。また首相は十日の参院予算委員会で、六幸商会から年平均五千万円を引き出し、その一部を政治資金に充てていたことを明らかにしている。
しかし、こうした説明でも年間約一億円の収入不足をどのように補ったかは解明されていないことから、特捜部は押収資料の分析や関係者の聴取で、捜査を進める方針だ。
鳩山事務所は弁護士を通じて、これまでの本紙の取材に「捜査中であり、個々の事項に関する問い合わせには、答えを控えさせていただきます」としている。