ありがとうございます、改めてしっかり言葉にしていただいたような気持ちです、1人で生きているわけではない、というのは、誰かとの生活を続けていく、ということと同じなんですよね
嫁はずっとその努力をしてくれていたのだと、私は努力など何もしていなかったのだと、思い知りました
書かれているように「それ以降は穏やかな生活がただ続くものと無意識に思っていましたが」と本当にそうと信じて疑っていませんでした
素を出せるのがいい頑張らなくてもいいそれでも愛し合うのが夫婦だと、むしろそれがいいのだとばかり思っていました、しかし今回のことでそうではないのだと知りました、それがいいのは甘えでした、もちろん加減はありますが努力や苦労というのは必要なものなのだと知りました
私は嫁が言うように、こちらからは何も努力を提供しなかったのですから、嫁の努力目当てと思われても仕方がありません
そしてそれが嫁に大変失礼で嫁の生活も人生も嫁自身も見下している行為だと、離婚を目の前に突きつけられるまで気付くこともできませんでした
勝手に枯れたのは自分なのに、なぜそれで嫁に必要とされる自分でいたと自負していたのか、今では理解ができません
自分を正当化しかねない、今の自分の頑張りを認めるようなことは一切言える立場にはありません、この先もそれを求めるようになるとダメなのだと最近は思います
なのでただただ肝に銘じて頑張ります、本当に枯れている暇などないはずですね、ありがとうございます