2022-11-24

10年前の自分は救われたか

10年前の自分が「10年後こうなっていたい」と思っていたとする

そうなってない今の自分が満足していたとしても、10年前の自分は不満なのだ

そういう考え方もできる

 

1分前の自分は「ああもう死ぬんだ」と思ったとする

実はそれは勘違いで死ななかったとしても

1分前の自分死ぬと思ったのは変わらないんだ

 

5年前の自分が非常に苦しんでいたとする

から振り返ってあれは苦しむ必要はなかったと理解しても苦しんだ過去は消えないんだ

 

薬物をやって毎日ハッピーだった人が最終的に壊れて不幸になって死んだとしても

毎日ハッピーだった頃の事実は消えないんだ

 

幸福というのもいろんな定義があって

最終的に幸せなら良いというハッピーエンド至上主義もあるが

任意の時点tの今n、過去p、将来f、について幸せと感じるかどうかという指標も作れると思う

 

例えばt=今において、f=老後の不安があるかどうかとか、それは老後実際どうかじゃなくて、不安かどうかが焦点になる

 

ただこの方法ちょっとやりすぎるとメタくなるからあれだけどね

 

そういう指標について全てで幸福を目指すなら

いつでも

過去を振り返っても幸福

将来を考えても幸福であろう

とする考え方にもなるし

 

じゃあ徐々に良くなってくる感覚を得たいなら

今については普通

過去は苦く、将来は明るいという状態を目指すことになる

 

過去自分に報いたいなら

過去から見た未来の地点に今を合わせに行くというスタイルの行動をとることもできるだろう

  • 人間は変動するので、その時の目標・思考を記録して、後で振り返りつつ目標の修正や答え合わせをするしかない。過去の自分に囚われ過ぎては未来を失う可能性があるし、昨日の自分...

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