今までいくら自民の悪事がばれても、それらの「悪い」にはどこかダークなかっこよさがあって、そういうダークさが却ってカリスマ的な求心力になっていたように思う。
今回がそれまでと違うのは、ツイッターなんかを見ていると支持者ですら「気持ち悪い」と言っていることが多いこと。一度気持ち悪いと感じてしまうともう支持者には戻らないんじゃないか。
世代じゃないけど、多分あさま山荘で「気持ち悪い」と思った人らが多かったことがそれ以後左派アレルギー・活動家アレルギーが広まった原因ぽいし。
論理的な整合性は説得にはつながらないってエントリがあったが、「相手の気持ち悪さを自分が気持ち悪いと思われずに伝えて共感させる」ってのが人間にとって最強の方法なのかもな。
これが事実ならかなりげんなりするけども。
KKO「・・・・」
KKOが黙殺されたり罪を擦り付けられたりする傾向がまったく改善されない原因でもあると思うよ。 論理性が説得に役立たない、生理的気持ち悪さの有無が判断の基盤ならKKOが救われるこ...
今回、無党派や消去法自民層の反応がモリカケサクラ五輪などとかなり違っていることで、 今まで「自民の悪さ→どこかかっこいい」(そして野党の追及→どこかキモイ)と感じている...