「表現の自由戦士」を自認する人の中にもいろんな立場の人がいると思うんだけど、ここでは、公共の場でなされた表現に対する「引っ込めろ」「やめろ」批判に対して批判をする人に絞る。
ここで尋ねたいことがある。
どこかの地域のゆるキャラや献血ポスターや広告が「グロすぎるからやめろ」という批判を浴びたとする。
「表現の自由戦士」なら、その表現がグロすぎて見たくないと自分で思っていても、「やめろ」という批判に対してやっぱり批判をするんだろうか?
というのも、ネットで話題になる表現問題はエロやジェンダーの話(とたまに天皇家)ばかりで、他の問題だとどういう議論がされるのかが気になるから。
てか、グロ表現って、リアル身体で過ごす公共の場での「自主規制」がエロ表現よりも強いんじゃないかと思うんだよね。
組織のマス向け広告とかに出される前に、広報を考える人たちが内部で却下してるんじゃないか(内部の会議にすらかけられないかも)と。
それって「萎縮」に当たるの?
もしそうなら、グロが萎縮してるのは問題なのか? これよりもっと萎縮しなければいいのか?
そのあたりも含めて話を聞きたい。