ある日の収録の事である。一人の芸人が、寺門ジモンの横で押されるのを待っていた。
広いスタジオの中には、ジモンとこの男のほかに誰もいない。ただ、所々頭の禿げた、大きな額に、蠅が一匹とまっている。ジモンがスタジオにいる以上は、肥後克彦や出川哲郎らが、もう二三人はありそうなものである。それが、この二人のほかには誰もいない。
何故かと云うと、この二三年、テレビには、コンプライアンスとか規制とか炎上とか云う災いがつづいて起こった。それでテレビのさびれ方は一通りではない。旧記によると、小島よしおが熱湯風呂に飛び込んだがリアクションをとらず、そんなの関係ねぇと言って炎上したと云う事である。
テレビがその始末であるから、寺門ジモンなど元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとそれを良い事にして、ジモンは肉にいく。グルメにいく。とうとうしまいにはオオクワガタまで持って来て、彼をネイチャージモンと云う習慣さえ出来た。そこでジモンがいなくなると、誰でも芸人を気味悪るがって、熱湯風呂の依頼がこない事になってしまったのである。
しかし芸人は困った。そこでスタジオへジモンを呼んだと云うわけである。
「押すなよ!絶対に押すなよ!」
ジモンの「どうぞどうぞ」という話が終わると、芸人は嘲るような声で念を押した。そうして芸人は一足前へ出ると、不意に右の手をバスタブから離して、寺門ジモンの襟上をつかみながら、噛みつくようにこう云った。
ジモンは三回目の絶対に押すなよを聞くやいなや、すばやく芸人のふんどしを剥ぎとった。それから、足にしがみつこうとする芸人を、手荒く熱湯風呂の中へ蹴倒した。熱湯までは、僅に五歩を数えるばかりである。ジモンは、剥ぎとった檜皮色のふんどしをわきにかかえて、またたく間にスタジオを出て行った。
しばらく、死んだように倒れていた芸人が、風呂の中から、その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。
芸人は「訴えてやる!」とうめくような声を立てながら、まだ光っている照明の明かりをたよりに、撮影中の固定カメラまで這って行った。そうして、己の股の下を覗きこんだ。何も履いていない。お茶の間はパニックとなり、番組は炎上。芸人は追放された。芸能界には、ただ、自主規制という夜があるばかりである。
この時はまだ上島竜兵生きてたんだなぁと思うとなんだか悲しくなってきた。最後いなくなるのとか予言めいてて辛い。