筑摩書房版の堀辰雄全集第4巻には「Ein Zwei Drei」という随筆が収められている。中村眞一郎と福永武彦に関する思い出を堀辰雄が昭和21年に書いた話だ(発表当初は「若い人達」というタイトルだったらしい)。
堀辰雄に私淑していた2人は軽井沢まで堀を訪ねて来た折、自転車に乗る練習をして自転車をボコボコにしてしまうのだが、それは奥さん(堀多恵子)の自転車だったという話だ。
当時この2人は10代後半か20代だったはずだが、それまで自転車に乗れなかったわけだ。昭和初期の人は子供の頃に自転車の練習をしなかったのか。
ちなみに、堀辰雄全集の編集者は中村眞一郎と福永武彦の二人だ。どんな話をしながらこの一編を全集に入れたことだろうか。
或る夏、軽井沢で二人揃って自転車の稽古をはじめたことがある。僕の家に遊びに来ていても、自転車があいていると、どっちか一人はかならず庭でその稽古をはじめる。中村はそんなスポルティフな事はぶきっちょそうなので、福永のほうがうまくなるかと思っていたら、反対に中村の猛練習が功を奏して、先きに乗れるようになってしまった。それを見ると、福永はそれっきり自転車は断念したようだった。––そのとき一番ひどい目に逢ったのは、僕の妻の自転車だったろう。二人のおかげで、すっかりハンドルが曲がり、ペダルが踏みにくくなってしまったと言って、こぼしていた。(まあ、けちはことはいうな。)