をなんとなく感じていたのだが、こないだふと言語化できた。
この時期政権批判する人々の、「なんで大変な時期に協力しようとしないんですか?」という意見に対し、「大変な時期だからこそ間違ってることは間違ってると指摘しないといけない」という考えに対し、分からないでもないけどなんかなあ、というモヤモヤがあった。
モヤモヤの正体は2点。これは平時にも言えることなんだけど、「その批判が正しいのかどうかが分からない」。この時期政権を批判する人たちの批判が正しいのかどうかが分からないから、どの方向を向けばいいのかが分からなくなる。「大変な時期だからこそ間違いは指摘しないといけない」というが、間違ってるのかどうか分からなくない?という話。間違ってなかったらどうするの?と思ったとき、政権は間違いに向き合うが、批判している人たちは向き合わないというか、向き合う術がないだろうと思う。そういう人たちは「現政権は全然責任を取らない」とか言うけど、じゃああなたたちは自分の意見が間違ってたら何か責任を取るんですか?と思う。
もう一点は、今回の対立構造は「人類対コロナ」なのであって、「政権対批判者」ではないということ。政権はコロナと戦いたいのであって、批判者と戦っている暇はないだろうということ。できれば批判者たちもちゃんと真の敵コロナと戦ってほしい。なのに政権にギャーギャー言って「俺らの方を向け!俺らに構え!」というのがなんかなあ、という話。
以上2点から、自分としてはこの時期の政権批判は見苦しいと思うし、支持しない。政権批判者たちがちゃんと対案を用意してるか、「現政権には任せられないので自分たちと代われ」という意志があるならもう少しちゃんと意見に向き合いたい。とにかく対案。これがないと、「批判者たちの言うとおりにしたら問題が解決するのかどうか」が判断できない。
当事者以外の批判、特に誰かが批判してるのに乗っかって批判者側に立ちたいだけの人間の意見は 注意深く排除しなければならない