人を馬鹿にする人間というのは、そのレベルでしか人間を解釈できない。
だから人の賢さに気付かない。
それは私自身も同様で、だからこそ僅かな時間でも人の賢さを少しでも見つけれる人間でなければ、私という人間は少しずつ愚かになっていく。
だから、このタイトルは自分という人間の愚かさを書いているのだろう。
だが、それでも自分という存在を見れば見るほど……ただただ、人間は愚かだと思ってしまう。
私という人間の愚かさを、私は絶対に誤魔化せない。だから、きっと私は人間ではないのだろう。少なくともマトモな存在ではない。
どうしようもなく、私という存在は愚かなのである。きっと、そう永遠に嘆き続けるのが私の余生なのだろう。
だからせめて、自分でない存在の賢さを少しでも見つけれる程度の装置でありたい。
そうすれば、いつか私も人間になれるに違いない。