2019-06-11

から鈍感だった。

誰と誰が付き合ってるかとか、誰がイジメられてて誰がイジメリーダーだとか、そういう周りの状況がわからなかった。

今もわからないけど。

幸い自分自身イジメられることはなかったが、それは単にイジメ対象とすら思われていなかったんだろう。


小学校の時の、特に記憶に残っている友達がいる。

から考えてみると、彼も集団から浮いていた。

それは彼の生い立ちが原因だったと思われる。

おぼろげにしか覚えていないが、多分、卑しいとされる家の子だった(と推測する)。

腫れ物のような扱いだったと今ならわかる。昔はわからなかった。

卒業も間近に控えて、彼が言った。

「こんな自分にも平等友達でいてくれて、ありがとう」と。

意味がわからなかった。

彼は彼で、友達友達だ。卑下する理由が全くわからなかった。

そこで初めて、周囲の人間を見る目が少しおかしいことに気が付いた。自分は、属する集団の状況を、まるで理解していなかったのだ。

彼の言葉は嬉しかったけれど、同時に呪いでもあった。それが無ければ、一気に気がつくことは無かったのだろう。発達に際して、徐々に受け入れていったのだろう。

あの人は今どうしているのだろうか。訳あって同窓会には顔を出せないし、行ったとしても彼がいる保証はない。多分、いない。

  • でも鈍感の方が人生楽だからまあいっかーって思っちゃう

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