単なる思い出話で、どっちも20年近くまえのことである。
大学生になって、初めて電車とバスを乗り継ぐ通学でやや緊張していた頃のことだ。バス乗り場へ行こうとしたとき、白杖を持ったおじいさんに声をかけられた。
いいですよ、と答えて右肩に手を置いてもらったが、どれぐらいのペースで歩けばいいのかわからない。
これぐらいでいいですか、と何度も聞きながら歩いた。
ちなみに授業までに時間は余裕があったし行く方向へ何本も来る路線だったから自分は急ぐ必要がなかった。
やがてバス停について、自分の乗るバスが来たのでそう言うと「遠慮なく」とお礼を言われたのでそこで別れたきりである。
次に出会ったらもっとうまく案内したいなあと思ったけれど、それ以後卒業までその方にも他の白杖の方にも会うことはなかった。たまたま用事があって初めて来たので地形になじみがなかったのかもしれない。
それからしばらくして地元近くの駅で、ホームにいる車椅子の方に「車椅子の人は先に知らせてくれないとこっちも困るんだ」と駅員さんが怒鳴っているのを聞いた。
声だけでその人を見ていないので、どういう事情があったのか全くわからない。どれくらい前に知らせればよかったのかもわからなかった。
なにより自分は車椅子の方が出かけるときに連絡が必要ということを初めて知った。田舎だからかもしれないが。
この方たちは今も出かけられているのか、どうされているのかふと思い出した。