2016-04-30

もう一人の自分

自分は、割と他人からみるとパラノイア的なタイプに見えているのだろうなと言うのは分かっているのだけど普通人っぽく振る舞うことができずにずっと悩んでいた。どうしても言動おかしくなるのだ。

私の現実というものパラノイア空間であり、これまでの人生も、およそ普通の人の人生というものを歩めていない。大きくレールを踏み外した非現実人生を歩んできた。今さら、どこをどう直したところで、普通人生は生きられないと思っていた。

しかし、つい先ほど、ふっと、もう一人の自分が、パラノイア自分を見ている感覚になった。もう一人の自分は冷静な常識人だった。生まれてはじめて感じた普通人感覚目線世間一般人間が私を見る目線をようやく理解出来た気がする。


そして、その目線を体得したとしても、だからといって、パラノイアな私をどうすることもできない。これまでの私は間違っているのか?間違っていないのか?それすら分からない。ただ一つ言えることは、パラノイアな私は、

強烈な闇を抱え、同時に強烈な願いを持っているということが分かった。強烈な願いというもの偏執的な強迫観念盲目的に抱かせているようだ。

強烈な闇が、強烈な願いを産み出し、その強烈な願いが他人からみるとパラノイアに見えるのだ。

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