私は今までの人生、楽しいことだけではなく、辛いことも経験してきた。
いじめられたこともある。
私は今の自分に、ある程度自信を持っている。今の自分は、過去の自分と比べてとても強い精神を持てている。
しかし、この今の自分は、そのいじめられた経験があったからこその自分なのだ。
では、私はいじめられたほうが良かったのか?
人生で辛いことがあっても、それが今の自分に、自信を持てている自分につながっているのならば、私をいじめた奴らに感謝するべきなのか?
そんなのはおかしい。いじめなんてあるべきではない。しかし、今の自分を形成している重要な要素であるのも確かだ。
私のことを、過去の辛い経験を経た上で今の自分に至っている私のことを好きだと言ってくれるならば、それは、今までの人生で良かったのだと言えるのではないか。
いじめられた経験が合ったからこそ、好きだと言ってくれたということなのではないか。
もちろん、私のことを認めてくれる人は、親友のようなポジションでも認めることはできる。
そのような存在が軽いと思っているわけではない。
自分を、辛い経験が合ったからこその今の自分を認めて、一生隣にいてくれるという覚悟を持ってくれている。
それは、人間関係では究極の形だと思う。
そんな、恋人という存在がいるなら、私の人生は、今まで辛いことだらけだった人生は、これで良かったのでと心の底から思うことができる。
なぜなら、今までがあったからこそ、自分の好きな人に、好きだと言ってもらえたのだから。
それは、とても素晴らしいことだと思う。
だから私は、私のことを好きだと言ってもらえるような人が欲しいのだ。
私が一番だと言って欲しいのだ。