2012-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20120606163853

確率の高くなるモデルを用いてるからって言ったらそれまでだね。

から「それまで」のもんなんだと思うぞ。特にマーケとか社会学系の統計は。

物理的に妥当である」とかそういう裏付けができない以上、「経験から総合的に判断しておそらくこういうダイナミクスになっている」という人間感覚の方が本質であって、数値はオマケ。

あくまで人間感覚を補助する程度の意味しかないので、元増田のような「感覚的におかしいのでは」という結果が出た場合はほぼ無条件でモデル棄却するべきだと思う。

(もちろん、元増田の例は「因果と相関を混同している」という明らかな間違いがあるので、感覚に頼る必要すらないわけだけど)

記事への反応 -
  • 例えば、 「商品を5秒見た人に比べ、10秒見た人は購入する確率が2倍高い」 という統計があった場合、 「商品を無理矢理にでも10秒見せる方法を考える」 というやり方は正しいの? 興...

    • あってるとも言えるし間違ってるとも言える。 そういう統計がでてるなら、統計としてはもちろん正しいよ。 でも問題になるのはデータの解釈のほうだよね。 そういう解釈で正しい...

      • だから、新商品を売るにあたり、こういう統計にのっとって広告をうてば、この商品は売れるか? と言われれば、確率は高い、としか言えないよね。 違う。 「確率が高くなるような...

        • そりゃまあおっしゃる通りで。 確率の高くなるモデルを用いてるからって言ったらそれまでだね。 今回は広告見る時間について、って話が前提だから、その一点についての話でそう言っ...

          • 確率の高くなるモデルを用いてるからって言ったらそれまでだね。 だから「それまで」のもんなんだと思うぞ。特にマーケとか社会学系の統計は。 「物理的に妥当である」とかそうい...

    • 因果と相関を混同している典型例で、数理的なテクニックとして定式化することができない統計モデリングこそが本質だと理解できていない、単に数値をいじくってt値だの何だのの評価...

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