2011-09-09

世界子どもで運営されているのかも

子供の頃は大人は正しくて基本的に間違わないものだと思っていた。

世界は大人が運営する、とてもきちんとしたものに見えた。

でも自分が大人になるにつれ、自分やまわりの大人が子供の頃のイメージとはかけ離れた欠点だらけの存在であることが見えるようになってくる。

世界もいろいろな部分でほころびがあるように見える。

なぜか? 自分たちの世代が特に未熟なのか?

そうではない。

学校を見ても優秀な生徒はごく一部にすぎなかった。大多数は欠点を多く抱えた人間だ。

世界的に見てもそうかわらないだろう。ごく一部が優秀で、大部分は凡才

子どもの頃に感じていた完璧な大人は存在しなかった。

大人と言っても子どもが少し成長しただけにすぎない。

ならば世界のあちこちがほころんでいるのはあたりまえだ。

大部分をしめる人間がほころばないように運営する能力がないからだ。

それでもそれぞれ自分の出来る範囲でうまくやろうとしている。

歴史的にみても奴隷制は廃止されたし、食べ物で困る地域も減ったし、職場環境も良くなってきている。

世界完璧ではないが少しずつ進歩していこうとしている。

完璧であることを前提に考えるととてもダメ世界だが、進歩過程と考えれば良い面も見えてくる。

子どもの頃は完璧世界を与えられることを望んでいたが

そろそろ自分完璧をめざす行動をしていく頃かもしれない

問題はいくらでもある。 どれかひとつを解決するだけでも世界を一歩すすめることができるかもしれない。

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