2011-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20110529175918

虐待だったのか今でもよくわからないけど、暴力はあった。

テレビを見ているときに手伝いをいいつけられて、ちょっと待ってと言ったとか、

給食献立プリント学校に置き忘れてきただとか、

お菓子を出されて妹より先に手を出しただとか、その程度で叩かれた。

年齢の割には体が大きいほうだったから、よけいに遠慮がなかったのかもしれない。

鼻血が出たり、柱にぶつかって手のひら大の青あざが出来たり、こぶもできた。

痛くて泣くとよけいに怒られるから、必死でこらえる。でも泣いてしまう。また殴られる。

水泳を始めて手足のあざが目立つようになると、目立たないところへの攻撃になった。

背中を竹のものさしで叩いたり、頭を柱にグリグリされたり、背中をどつかれたり。

ガラスに肩から突っ込んで割ったときはどうなるかと思ったけど、軽症で済んだ。

あとから「お前のせいで高い交換代払わされた」ってかなり怒られたけど。

地味に効いたのは正座。玄関入ってすぐの板の間に、親の気の済むまで正座させられる。

雪の日の夜ごはん直前に怒られて、みんなが食事をしている音を聞きながら

親が寝る前まで正座させられたときはさすがに泣いたね。寒くて痛くて。

親の機嫌が悪いと殴る→正座のフルコースになってしまうので、

ひたすら大人の顔色を窺う卑屈な人間になるのは必然だったかもしれない。

そんな親でもたまには優しくなるもんで、涙が出そうなほどうれしくなる。

でもそれには当然裏があるわけで、お年玉が消えたりとか、

誕生日プレゼントが省略されたりとか、悪いこととセットなのよ。

からやさしくされるとこわい。何か悪いことがくるから

終わってるなぁと思うのは、いまだにちょっと持ち上げられるだけでも不安になること。

褒められたりすると超不安。愛してるとか言われたら怖くて心臓バクバク

おかげでご立派な「だめんずウォーカー」になりました

だめんずの肥やしにされるのはほんとに嫌なのよ。

嫌なんだけど、この程度で済むんだ~って安心してしまう。

殴られても「このくらいならあざにはならないな」とか思ってる。

大切にされると不安になるという厄介なこの性質はもうどうにもならん。

今でも不思議なんだけど、妹には手を上げなかったんだよね。なにが違ったんだろ。

記事への反応 -
  • 虐待されて育った。虐待といってもいろいろあって、私は主に精神的虐待を受けた。 ものごごろついたときにはもう馬鹿にされ罵られ笑いものにされる毎日だった。 自分はどうしよう...

    • 虐待だったのか今でもよくわからないけど、暴力はあった。 テレビを見ているときに手伝いをいいつけられて、ちょっと待ってと言ったとか、 給食の献立のプリントを学校に置き忘れて...

      • そういうのプリントアウトして持って行って 親の老後に復讐してやれよ 俺は親にたくさん恩を受けたから孝行したいししなきゃならんけど あんたは親にそういうことをされたんだから...

    • うちもそんなもんだけど家出たらなおったよ

    • 家を出たのは20年前。 親兄弟親族とすべて連絡を絶って治療を始めたのが12年前。 虐待者と離れたからってそれで終わりじゃない。 「なおった」と言えるあなたが羨ましいよ。

    • 虐待だったのか今でもよくわからないけど、うちも暴力はあった。 テレビを見ているときに手伝いをいいつけられて、ちょっと待ってと言ったとか、 給食の献立のプリントを学校に置き...

    • 俺の無職の彼女もそんな感じらしいんだが、 カードで飲み食いしてきては貯金なんかないので俺に払わせる。 責めると自分の不幸話にすりかわって終了。 自分より幸せな奴にたかる...

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん