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2008-04-15

http://anond.hatelabo.jp/20080415223906

あのね、古典文化資本として役に立つなんて主張はいつ撤回したっていいんだよ。

じゃあまず撤回するところからはじめろよ。くぐるまたぐらを激しく間違えてんだよ君は。

撤回したってことでとりあえず納得しておこう。

君が「古典なんて役に立たないものはやめてしまえ」と主張するのでなければね。

俺はやめてしまえなんて一言もいってないけどね。要らない、役に立たないとは言ってるが。

だいたい、文学価値社会経済的国政的有用性で測ろうなどというのがそもそも冒涜だ。

俺の本音は「人生を楽しむための基礎として、普通高校では基礎的な文法事項を教えるべき」というものだ。

君の人生はそれで楽しいのかも知れんけど、「教えるべき」まで言っていいのかは疑問だな。

「きっと将来楽しく思い出せるから、このくらいやってもいいんじゃない?」程度のもんだろ。

俺は単に君の主張を崩しにかかるための一番やりやすい点として「役に立たないから」という部分を選んだにすぎない。

そこであまりにも派手にやり方間違えたんだよ君は。で、実際役に立たないというのは論破できてないし。

以上。ここまで言っても俺を教養俗物と主張するならもはや藁人形論法だからな。

知的社会政治的有用性で芸術を測ってる段階で、俗物だと思うけどなあ。

たとえば、英語が半ば世界標準語になっているのはおかしなことだが、「英語帝国主義粉砕!」と叫んで英語勉強しない人間が、英語帝国主義の体制を崩せる力を持てると思うのか?

俺、別に英語帝国でいいと思ってるけど。

俺は「相手の土俵に乗り込んで相手を倒すべき」と言っている。どっちが前向きかは明らかだ。

追認して差別を拡大再生産してるだけじゃん。で、その股くぐって何が変わるの?

源氏物語万葉集が読めるようになって具体的にどう有効なんだよ。お前一度も答えれてないじゃん。

欧米古典文化には、確かに今でも通じる知的、思想的、社会政治的意義はあるよ。

だから、文化格差的な論点を無視は出来ないものの、価値自体は認めざるを得ないよ。くぐるべき股ぐらだよ。

でも、万葉集源氏物語葉隠に拾うべき何があるってんだ?

文芸的な、要は道楽としての価値は認めるが、それ以上のものはないだろ。やっぱぜんぜん違うよ。

そんなもので格差が生じるんだとすれば、それは差別に過ぎない。スノッブで鼻持ちならないね。

よく読め。「先進国」と書いただろうが。IMF によるとアジア先進国日本韓国台湾香港だけだ。

日本は所詮アジアだよ。それが証拠に、自由主義民主主義もまるで精神的なところに根付いてなくて、簡単に前時代的な思想に転ぶじゃないか。

数ではともかく質で日本大学全てを圧倒できるような大学はないよ。

なんで「すべて」の話をしてんだ? アベレージをほどほどに高く保ちつつ、それで足りないようなエリート海外で一流の教育を受けて来い、って言ってるだけなんだが。

そんな極少数のエリートのために世界最高峰教育機関を整備するコストは、バカにならんと思うがね。

どうしてイスラム文化は無視されてるんだろうねえ?

イスラム文化には見るところが多くあったよね。で、日本古典に何があったって?

笑止な。線型代数も理解できない奴に工学を訳知り顔に語るな。ほれ、これが東大京大カリキュラム機械工学や電気工学のような従来型の工学に勝るとも劣らないほど理論的な教育が行われていることがわかるか?

それを言うなら、そもそもFORTRANも知らんバカが情報工学を語るなw

実践的なことばっかやってんじゃねーか。お前がその実践性を理解できてないだけだ。

厳密な定義のある言葉を避けて「比較的低水準寄りの言語」というふうに表現に気をつけて使っているんだが、

おやおや都合よく逃げ出した。でも、数値計算FORTRANが使われる理由は、低水準な処理が出来るからというわけではないのだが。

他に何か一つでも具体例を挙げてから言う台詞だなあ。

なんでそんなに手取り足取り教えてやらんといかんのだ。自分の頭が悪いことを人のせいにするな。

ひとつしか挙げられず、それも論破された上で、負け惜しみにしかなってないだろそれ。あほ。

2008-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20080414115248

教養俗物でもかまわんけど、君もたいがいだね、ただし、君が攻撃のネタにしていることのうち肝心な点が俺の考えではないことは再度強調しておこう。

そのためのハッカー、そのための非モテ、そのためのオタなんじゃねーの。

少なくとも、自分から階級格差を肯定し追認する側に回っていることを公言するようなバカな真似はしたくねえな。

人のことを青臭いだのなんだのというけれども、君こそ大したものじゃないか。ハッカーオタクも何の関係もないと思うし、現状の非モテ運動がなんかできると思うか?各個撃破されてるだけじゃないか。

どっちにしても、俺はそんなものを追認してないからそこだけは誤解するな。韓信の股くぐりと言ったはずだ。

君が「古典なんて役に立たないから学校で教えるな」という意見を放棄するなら

俺がいつそんな主張をしたというんだか。

役に立たないし、高校教育程度じゃステータスシンボルにならんとは思ってるがな。

これについては他の人と混同していた。失敬。

ただし、高校で古文を教えることがステータスシンボルになるなどとは俺も言っていないからな。独学するための基礎ができると言ったのだ。

全然自明じゃないだろ、何言ってんだ? MIT日本にも作れってか?

本当にトップクラスエリートなんてほんの一握りだ。

外国で本当の一流を学んでもらったほうが本人のためになるし、コスト削減にもなる。

君さあ、先進国大学教育を丸投げしてる国があるかどうか考えてごらんよ。どこの国もそんなことをしてないってことは、誰も「外国で本当の一流を学んでもらったほうが」なんて考え方はしないってことじゃないか?実際、高等教育を丸投げしたらその国に人材を持って行かれてしまうのがオチだぜ?アメリカはそれで反映してるんじゃないか。

それから、MITがよほど日本大学より優れていると思っているらしいが、それは勘違いだし、だいたい日本大学に大勢いる「本当の一流」の研究者に余りにも失礼だ。東大京大をはじめ日本の有力大学は、世界の基準でいっても一流大学だぞ。アメリカイギリスはともかく、ドイツとかフランスとかその他の先進国には全然負けていないよ。それに、アメリカイギリス大学が優れているのは量的な側面であって、質的なものではないのでな。

欧米ギリシャ語ラテン語古典文学重要視されるのは、それが彼らの民主主義やら哲学やら自然科学やら数学やらの源流にあるからだ。

源氏物語万葉集が何に生かせるってんだよ。葉隠でハラキリ根性でも学べってか?

欧米古典日本古典では持つ意義がまるで違うだろ。

そんな、どっかで聞きかじったようなことを言わないでくれ。今さら丸山眞男の真似事のつもりか?君こそ立派な西洋中心主義者じゃないか。確かにルネッサンスというのは古典復興というお題目だったが、現状を否定するときにさらに過去の権威を持ち出すのは常套手段であって、それは「万世一系天皇」というのと似たようなもの。正確に言うと源氏物語だってそういう理由で明治期以降急に祭り上げられたものだ。ただしそれらが芸術史・文化史に刻み込んだ影響だけは否定できないし、作品としてよいものはよい、それだけのことだよ。

グレコ・ローマン文化を特別視する思想というものこそが、君が否定したがってる「文化資本階級支配をしたがってる奴」という奴らのドグマなんだが、そんなことも知らずに「文化資本」なんて言葉を使ってたのか?


以下は蛇足。

情報工学関連への言及が他と比べてショボくて、ああ専門外なのねー、とニヤニヤ出来たけど。

UNIXという「特定」OSの実装から離れた所で抽象的にOSを煎じ詰めるのはかなり学問的な領域だと思うが。もう基礎とはいえないだろう。

情報処理試験に出るような基礎教養は、全部使いどころがある知識だぞ。当たり前に使いすぎてて意識してない人が多いが。

「使い方」から遊離して「考え方」だけを煎じ詰めていくのは、プログラマレベルでの実践的な志向ではないだろうな。学問的には意義があるが。

あのさあ、情報処理試験に出るレベルの「常識」を「教養」なんて呼ばないでくれよ。

悪いけど、君が挙げてるのはどれも「情報工学」じゃない。単なる「ノウハウ」だ。それは、半田ごての使い方が「電気工学」でないのと同じぐらい自明なことだ。人が作ってくれた道具の使い方に習熟していることをいくら自慢されても、話の次元が違うとしか言いようがない。俺が言っているのは「大学でなぜ必修になっているのか」という話だ。だったら当然、「学問的な領域」の話が問題になっているわけだ。

まして俺は、「パターン認識」「待ち行列」みたいな理論的な分野を例として挙げたはず。一番そういう「手先の器用さ」が問題にならなさそうな分野をわざと選んだのだがねえ?

あのさあ、なんでパターン認識とか待ち行列とかの例を挙げたと思う?こういう分野では数値計算重要になるから、基本的に低レベルに近い言語プログラムを書くことが望まれるし、似たようなプログラムを使い回すから生産性という意味でもそれで大した影響がないということだ。

そもそも俺は低水準言語の話はしてなかったと思うが?

「低水準言語で十分」という例を挙げてどうすんだ。「低水準言語が有効/必要」な例をあげろよ。機械よりの視点で細かい制御が望まれる例を挙げるべきだ。

話が理解できていないから頓珍漢な応答になっていることは上に書いたとおりとして、「数値計算」と書いたはず。RubyだのPerlだので数値計算させて日が暮れてしまうのは君の自己責任だけれど。

源氏物語万葉集の読解を具体的に何に使えるってんだ。プレゼンのハッタリくらいにしかならねーんだろ?

一つだけ挙げた例を全てだと思い込むような人を説得しようとした俺が馬鹿だったのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20080414082418

いや十分教養俗物だろ。情報工学関連への言及が他と比べてショボくて、ああ専門外なのねー、とニヤニヤ出来たけど。

ご立派なことだが、それじゃあどうやってこの文化格差システムを崩壊させられるっていうんだね?

そのためのハッカー、そのための非モテ、そのためのオタなんじゃねーの。

少なくとも、自分から階級格差を肯定し追認する側に回っていることを公言するような

バカな真似はしたくねえな。そういうのは腹ん中だけで後ろ暗く誇ってろ。

君が「古典なんて役に立たないから学校で教えるな」という意見を放棄するなら

俺がいつそんな主張をしたというんだか。

役に立たないし、高校教育程度じゃステータスシンボルにならんとは思ってるがな。

どう考えても違うだろ。現実問題として自国で教育の多くを賄える国の方が「国力」(経済力だと思えば)が高いのは自明じゃないか。

全然自明じゃないだろ、何言ってんだ? MIT日本にも作れってか?

本当にトップクラスエリートなんてほんの一握りだ。

外国で本当の一流を学んでもらったほうが本人のためになるし、コスト削減にもなる。

公教育が注力すべきは、普通に働く普通の人の水準を上げることだ。

一般には「自文化について語れる」ことが「教養」の前提とされているがね。

欧米ギリシャ語ラテン語古典文学重要視されるのは、それが彼らの民主主義やら哲学やら自然科学やら数学やらの源流にあるからだ。

源氏物語万葉集が何に生かせるってんだよ。葉隠でハラキリ根性でも学べってか?

欧米古典日本古典では持つ意義がまるで違うだろ。

欧米古典を読む機会をもっと作れ、というのなら、エリート主義だとか文化資本云々で不愉快には思うが、一目おける意見だとは思うぞ。

それから「基礎教養」の件だが、「覚えておいて損はない」程度のことかよ。拍子抜けした。

何に拍子抜けしてんのかしらんが、基礎教養ってなそういうもんだ。お前も言ってたろ、ジェネラルな知識がどうこうって。情報処理試験に出てくるような類の知識は、そう知的に高度でもないが、少なくとも無駄ではない。

あのさあ、なんでパターン認識とか待ち行列とかの例を挙げたと思う?こういう分野では数値計算重要になるから、基本的に低レベルに近い言語プログラムを書くことが望まれるし、似たようなプログラムを使い回すから生産性という意味でもそれで大した影響がないということだ。

そもそも俺は低水準言語の話はしてなかったと思うが?

「低水準言語で十分」という例を挙げてどうすんだ。「低水準言語が有効/必要」な例をあげろよ。機械よりの視点で細かい制御が望まれる例を挙げるべきだ。専用ハードウェアに効率的に仕事させるために、機械語レベルでの知識が必要になるケースは今でも多くある。

つまり、「基礎教養」の勉強をサボっても、君が線型代数微積をサボったほどの悪影響もないということだ。少なくとも建前上は。それでもなおかつ「必修」とされることの意義を問うている。

お前の例が不適切なだけだろ。アホか。

てっきり、「基礎教養」を学べばコンピュータの中身のイメージがしやすくなって、効率の良いプログラムを書くための感覚が身に付く

そんな印象論はしとらんし、最適化最適化で別個に学ぶべき領域だろ。高級言語レベルでの最適化の本だっていっぱいあるが。

技術者コミュニティの発展や運営のために一定の共通言語を身に付ける、とかそういう答えが返ってくると思ったし、古典を学ぶ意義をそういうところに見出すこともできる

全然違うだろ。源氏物語万葉集の読解を具体的に何に使えるってんだ。プレゼンのハッタリくらいにしかならねーんだろ?

情報処理試験に出るような基礎教養は、全部使いどころがある知識だぞ。当たり前に使いすぎてて意識してない人が多いが。

ちなみに俺が「基礎教養」で想定していたのはそうした技術の「使い方」ではなく、「考え方」の方だ。

「使い方」から遊離して「考え方」だけを煎じ詰めていくのは、プログラマレベルでの実践的な志向ではないだろうな。学問的には意義があるが。

特にOSについては基礎理論のことで、UNIXという特定のOSを扱うノウハウのことではない。大学で教えていることについて語っているのだからそれは自明だと思ったが。

あまりにもUNIXメジャーすぎる。UNIXという「特定」OSの実装から離れた所で抽象的にOSを煎じ詰めるのはかなり学問的な領域だと思うが。もう基礎とはいえないだろう。

もちろん、UNIXという実装を学びながらそこに被せる形では、OSの基本概念だとかOSI7階層モデルだとかは触るだろうけどさ。

あと、正規表現を考えるときに一々有限オートマトンなんて考えないだろう。そもそも、現状使われている正規表現は本来の意味での正規言語を逸脱してるんだから。

どう拡張されて、それで表現力がどう広がっているのか、というようなところへ、一通り形式言語を学んでない人では想像が及ばないだろう。GREPのやり方ひとつでセンスは分かるもんだぞ。

2008-03-22

今週の短歌

鶯のなけどもいまだふる雪に杉の葉白き逢坂の山 (新古今集 後鳥羽上皇

春の苑くれなゐにほふ桃の花した照る道にいで立つ娘子 (万葉集 大伴家持

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして (古今集 在原業平

石ばしる垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも (万葉集 志貴皇子

吉野山去年のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねむ (新古今集 西行法師)

桜花命一杯咲くからに命をかけて我が眺めたり (岡本かの子

見渡せば柳桜をこき混ぜて都ぞ春の錦なりける (新古今集 素性法師

移りゆくはじめも果てもしら雲のあやしきものは心なりけり (大田垣蓮月)

なにごとを春のかたみに思はまし今日白河花見ざりせば (後拾遺和歌集 伊賀少将

山吹の咲きたる野辺のつぼすみれこの春の雨に盛りなりけり (万葉集  高田女王

風に散る花の行方は知らねども惜しむ心は身にとまりけり (西行

ちりぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ (細川ガラシャ

八雲立つ出雲八重垣妻籠に八重垣作るその八重垣を (古事記 スサノオノミコト)

数ならぬ心に身をば任せねど身に従うは心なりけり (紫式部

人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける (紀貫之

もの思へば沢の螢もわが身よりあくがれ出づる玉かとぞ見る (和泉式部

2008-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20080219105742

えー、横レスなんだけど、基本的な古文の理解度で分かる内容だと思うんだけど!

>鶯のなけどもいまだふる雪に杉の葉白き逢坂の山 (新古今集 後鳥羽上皇

 鶯のなく季節(=春が来てる)なのに、まだ雪が降ってて

 逢坂の山に生えてる杉の木の葉が白いよー。<風流だな!>

春の苑くれなゐにほふ桃の花した照る道にいで立つ娘子 (万葉集 大伴家持

 春の公園に来ちゃったよ!

 桃の花がきれいに色づいて咲いてるんだよ!

 その木の下の道におにゃの子立ってるの!<かわいい!>

大体こんな意味じゃないの?<>は想像というか、多分言いたいこと、みたいな。

とりあえず古文は読んでみればいいのに。

2007-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20071120221256

千葉」の名は、「茅(ちがや)」が生い茂る土地で「茅生(ちぶ)」と呼ばれ、転じて「ちば」になったとする説や、葉が多く重なる意味で「千葉」になったとする説。

「ちば」の語は、侵食しやすい地や侵食の激しい地に見られる地名で、潰れる意味の「つばゆ」に由来する説などあるが未詳。

この地の当主であった千葉氏から「千葉」になったとする説もあるが、既に『和名抄』には「下総千葉千葉郷」の地名が現れているため、千葉氏の名に由来するとは考えられない。

埼玉」の名は、武蔵国多摩郡の奥にある土地の意味で「さきたま(前多摩・先多摩)」が転じて「埼玉」になったとする説。

埼玉郷は現在行田市付近にあたり、「さき(前)」「たま(湿地意味)」の意味で、転じて「埼玉」になったとする説。

その他、「さきたま(幸魂)」が転じて「埼玉」になったとする説があるが、いずれの説も根拠となるものがあるわけではなく、埼玉の由来は未詳である。

ただし、奈良時代の『万葉集』には「前玉(さきたま)」「佐吉多万(さきたま)」の例が見られ、「さきたま」が転じて「さいたま」になったのは間違いないようである。

この地に水源地が解からない川があり、「上無川(かみなしがわ)」と呼ばれていたため「神奈川」になったとする説。

「金川」もしくは「狩野川」と呼ばれていた川の名から、「神奈川」になったとする説。

朝鮮系住民が多かったことから「韓川(からかわ)」と呼ばれる川があり、転じて「神奈川」になったとする説。

その他、地形から見た説では、神奈川「かな」は「かま」が転じたもので、「岸の崩れやすい川」「急流の川」を表しているといった説もある。

2007-02-21

anond:20070221070852

リンク元http://d.hatena.ne.jp/yuyu99/20070220/p1での

世界最古の長編小説は、源氏物語だし、万葉集も世界最古の詩集


についてはなんか、ん?、と思ったがなるほど。

言葉人間、なのだからこのエントリ、とてもいいと思います。

あとはもう印象論なんだけどアメリカ人日本人の比較で一般論としてあるイメージから日本人の説明ベタっていうのが出てくるのはまあよし。

そのイメージからも強く英語が主張のアクセント・抑揚のある言語だとも言える。日本語はその逆でってことも。

どちらが先なのかっていう話だけど言語・文化から来てそこから発生してくるそれぞれの文化圏での平均的人間がさらにその言語を、さらにその比較の差異を、ってことなんだろうなぁと。

言語科学とかが人類化学?なんかにもその学際範囲を拡げるかもしれないねって話でもある気もする。

以上。

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