2020-09-29

生きづらい、生きやす

持病を知っている人から、同情や共感雑談文脈で、「生きづらいですよね」って言われるのが苦手だ。

「生きづらいあなたへ」みたいな文章もおなじく。

高じて、他の人が「私は生きづらいです」と言っているのも苦手になってきてしまった。

何が嫌なのかハッキリ自覚出来ていないのだけど、目にするとウワッ出たな…と思う程度には嫌いな言葉だ。

生きづらい。

音や字面が、「生きているのが辛い」を縮小したように見えるけど、意味は違うよね。

「生きる」継続するのが困難、といったところだろうか?

反対に、「生きる」継続するのが容易であるのが「生きやすい」。

電気が通る以前の時代比較して、現代は生きやすいですね。これはなんかわかる。

snsが浸透したことで、ある意味生きづらい世の中になりましたね。これもわかる。

まり、世の中とか時代とか社会のような大きな括りに対して使う分には、そこまで変な感じはしないのだ。

これが個人に使われると、なぜかイヤな感じがしてしまう。

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