「俺は〜」つって長々語ってるけど、この文章はなんなんだ、主人公が頭の中で考えたことが文字として出力されてるのか、でも普通こんな細々と説明的に考えながら生きないよな…と思って一体なにを読んでるのかわからなくなってくる。
手記のかたちを取ってるならわかるんだけど、そんな感じでもなくイキナリ一人称で開始される小説は本当に謎。いや、面白いし別にいいんだけど、しかしなんなんだ?とはどうしても思ってしまう。
三人称でもわりとよくわからない感じはあり、これは誰がなんの目線で書いてるんだ?とおもう。そりゃあ作者が作者の目線で書いてるんだが、こうなんというか……ね
それを言うなら漫画だって映画だって全部謎なんだけど、小説、とくに一人称小説は定期的に気になってしまう。
つか自己紹介は作中でツッコミが入ったりすることもあるから逆に許せるかもしれん。それよかやっぱ外に出るなり天気とか情景の描写を細々しはじめるようなのが許せん。天気いい日に外出て「綿菓子のような入道雲が〜」なんて思うかよ。思考って「おっ、入道雲。でけー。夏っぽい。つか暑!」くらいじゃないのか。俺がおかしいのか。みんな外出るたびに「ドアを開くとむせ返るような夏の香りが押し寄せてきて、僕は思わず顔をしかめた。」みたいなことを考えてるのか。そんなわけないだろ。「暑!最悪!」だろ。
え……? 一秒に満たない一瞬で── なぜそこまで考えられたか……?
ツッコミキャラとして置いておきたいとすると、一人称がいいんだろうね。 三人称だと「声に出してないけど思ったこと」を地の文で説明しきるのが大変そう。 情景描写は、本来三人...
一人称の小説は書き続けるのが難しいってプロ作家が言ってたよ
小説って物“語”だからしかたないんじゃないかな。 単純な実感の表明なら表現でも済ませられるかもしれないけど、何かを伝えようとしたら相応の形式を求められるんだと思うなあ。
星野源だっていつも「こんにちは~星野源でぇ~す」って言ってるよ
「我が輩は猫である」 とか、猫がしゃべるかよ
八つ墓村とかがそうだったけど 作中の人物が後に書き記した手記って事にしてある作品は上手いなあと思ったよ
2次創作で一人称視点で描写がやけにポエミーなやつ、解釈違いになる。
天気とか情景の描写はナレーション (語り) であって、その人物のモノローグ (思考) とは違う (一人称小説だとナレーションとモノローグが両方とも地の文に出てくることもあるし、ナレ...
漫画の場合は主人公と他者の会話で、物語を進めるという作法があるけど、 小説の場合は全く無い。自由だー。 あと、漫画は絵で情景を描けるけど、小説は文章にしないと分からん。
小説に作法がないとか、本気で言ってんのか。
そもそもは手記だったところから派生して、「こまけえ事はいいんだよ」と雑になっていったんでしょう。 むかしは、その手記が作者の手に入った経緯まで必要だったもんだが。
作者が主人公になりきって書いてるんだよ なりきり小説だよ