野球で王長嶋の時代と現代の、どちらの競技レベルが高いかといえば多くの人が現代と答えるだろうが
落語は圓生・志ん生の時代から志ん朝・談志を経て現代にかけて右肩下がりに芸のレベルが落ち続けてるというのは誰もが納得するところだと思う
映像や音源で直接比較出来るから
漫才とかだと現代になるにつれネタが洗練していってレベルが上がっていくのがわかるが、落語は真逆
テンポ、雰囲気、演技力、声質、なにもかも劣化していって聴くに堪えない
それなのに「チケットが取れない落語家」だの枕詞がついて祭り上げられ、
本人もその気になって眉間にシワ寄せて難しい顔で古典を得意げに演じる
これは個人攻撃じゃなくてそういうのが何人も居る
どうにかなるものならどうにかしてほしいけどどうにもならないようにしか思えない
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