そのときどきの切実さが炸裂し、めっちゃ苦しくてしかたなかった。
なぜかというと、私にとってクリスマスはいわば、人間としての通知表をもらう日なのであった。
自分は尊重される、愛される、大切にされうる人間なのかどうか。
そのために「されなければいけないこと」ばかりだった。
しかし最近は、クリスマスに一緒に過ごせない相手ばかりとステディになり、そうしたら、なんかとってもラクになった。
それと「私」はあんま関係ないというか、関係することができないというか。
大切な人と過ごそうが過ごせまいが
それは「自分が愛されるにたる人間かどうか」を、何ひとつ示してはくれないんだと気がついた。
30にして、ようやく。
かくしてクリスマスは、されなければいけないことも、しなきゃいけないこともなくなったので
デパ地下で、そこだけ閑散としたおこわ家で、おこわを買った。
おこわはいいけど、付き合ってる相手が増田にこんなの書き込んでたらいやだな。
お前と付き合ってんじゃないし別にいいだろ
増田の書き込みの中ではマシな部類では