いや、単に「昔の人が言った正しそうなこと詰め合わせ」にすぎん。
支配し、され、円滑に社会をまわすのもあり、各々が自分を律することもあり。
というか、宗教自身が「昔の人が言った正しそうなこと詰め合わせ」だ。
1700年台のデカルトの科学的思考がみな素晴らしいと、科学的に取り扱いやすいやつは宗教からでていった。
昔は人類がどこからきたかとか、宇宙はどうなってるかも宗教の範疇だった。
ただ、道徳の良さは科学的に立証しづらいから、「何となく正しそうなこと」という曖昧のままに今もなっているだけのこと。
教育勅語ってその形式が「勅語」すなわち天皇の命令として行われたというところが重要で、 形式的に問題があるって思ったから、内容がどうこうの議論に持ち込むってのもどうなんだ...
教育勅語のベースとなる道徳って日本の場合儒教仏教なんだから、そこら辺を普遍的にやるのはいいと思うよ。ついでに偉人やキリスト教の名言あたりも普遍的にやりゃいいと思うがね...
そもそもなぜ儒教が江戸時代にもてはやされたのかと言えば、支配のために都合が良かったからであるって歴史的には言われてるわけで 同じような効果を期待する人が現れるのは別に不...
そもそも道徳なんていうのが常に統治と支配のための道具なんだよ 別にポリコレだって例外じゃない
いや、単に「昔の人が言った正しそうなこと詰め合わせ」にすぎん。 支配し、され、円滑に社会をまわすのもあり、各々が自分を律することもあり。 というか、宗教自身が「昔の人が言...
人間の元々備わっているであろう共感とか思いやりを利用しようとするからタチが悪い
支配のために都合がいい思想を広めるのが悪い為政者ってわけでもあるまいに
普遍的に大量にやらなならんのよ。 あんな短いものだけ取り上げる意味もない。 むしろ、あれだけを取り上げるということ自身が上の人の理想郷(悪事をしても批判されず好き放題出来...
そういう事は言ってないんだ 「支配するのに都合がいい思想を広めてる」と「支配しようと考えている」をイコールで結んでしまうのは論理的ではないと指摘している