2017-07-16

最近やたら死を美化するというか美化するために死を利用するみたいな風潮を感じる。

誰かが死ね解決する問題って何よ?

問題を生きている間に解決して、少しでも良く生きていこうってのが普通じゃないだって、その問題別にその人で終わるわけじゃなくて繰り返し現れるものでしょ。一時楽になっても、またすぐに同じ問題に直面する場合の方が多いじゃない。

死とは嫌なもの、目を背けたくなるもの。でも、確実にあるもの。死は美しいものじゃないし、かと言って何か言葉数字で誤魔化していいものじゃない。ひとつひとつ受け止めるしかない不条理でしょ。

さらには、死の恐怖を煽って何かをさせようという人までいる。

こういう人って、実は事前に策を打とうっていうんじゃなくて、集団的な死を待ち望んでない?

ほーら、やっぱり、っていいたいんじゃないかな?それはノイローゼですよ。少し休みましょう。

死については、考えるというよりは周りにそういう事がなさすぎるのが問題なのかもしれない。ニュースで伝えられる死はすでに言葉になってしまっているから。

でも、言葉にならない、どうしても受け止められないものが死の本質から、これは疑似体験になっていない。

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