朝の通勤路、隣駅にある職場までひと駅半程度を歩いて通っている。
最寄り駅を過ぎると大半の人が逆向きに歩いてくるのだが、バレてる女性はそのうちの一人だ。
年は40に届くくらいだろうか、一言で言えば綺麗な感じの人で縁のないメガネから少し睨むようにのぞかせた目力の強さが印象的だった。
ファーのついた黒い上品そうな手袋を口に当てていたので隠された下はどんな表情をしてるのだろうと眺めていたところ、睨み返されるように目があったので思わず視線を逸らしてしまった。
勝ち気な女性は嫌いではないがその威圧感に多少腰が引けてしまったのは事実だった。
次の日も、同じく睨むような視線を周囲に振りまくその女性とすれ違った。
昨日と同じく手袋を口元にあてていたので睨まれることを覚悟で手袋の下に視線を追わせたところ、動いていた。
かすかだが確実にその口元は動いていた。モグモグと。マジか。その眼力の下では口が動いているとか正気か。寄せ付けまいとする視線はモグモグ動く口を気付かれまいとする威嚇か牽制なのか。
その次の日もその次の日も。周囲からすれば口元に手を当てていることのほうが目立つと思うのだが、その女性は相変わらず口元に手をあててすれ違う人間を寄せ付けまいと睨むような視線を振りまいている。
しかしとても申し訳ないのだが、すれ違う人間どころかおそらく追い越していく人間にすらバレているだろう。だって目立つんだもん。口元にあてるその手袋。