2008-07-17

うちの両親の馴れそめは結構笑える


母親東大出の学者大学教授。専門分野では今では結構名の知れてる博士

父親は高卒で町のクリーニング屋の3代目でチョイワルぶってる親父、かなりの格差婚


親父は、若い頃はワルで馬鹿だったけど、ちょっとハンサムってことで商店街では人気者

母親は、頭がめっちゃ良くて、良い学校特待生で入学したりと、地元の期待の星だった


年が同じで、実家が近所だったが(ちなみに東京下町)、別に幼なじみというほどでもなく

親父にとって母親はずっと高嶺の花の憧れのお嬢様で、恥ずかしくてまともに口も聞けなかったと


時は流れ、両親26歳のとき、院生だった母親病院長の息子とかのお見合い話が来た

その頃はもう真面目なクリーニング屋だった親父はその噂を聞いて大ショック

「失うものは何もない」と覚悟を決めて、母親に猛アタックをかけた


母親はまだ結婚するつもりなんてなかったし、よく知らなかった親父からの

突然のストーカー行為(当時そんな呼び名なかったそうだが)にも困っていたが

ある日、家の近くの歩道橋の下で親父が待ちぶせしてたら、

やってきた母親がそれに気をとられて階段で足を踏み外したんだそうだ


すかさず助けに入った親父、

落ちてきた母親を見事受け止めたが、自分は地面に顔面を思い切りぶつけて前歯が4本折れた


半年後に結婚


父親が差し歯を光らせながら曰く

「そこで自分の身を犠牲にして守ってくれた父ちゃんに、母さんは惚れてしまったんだ」


母親こっそりと俺だけに曰く

「顔がそこそこ良いのだけがお父さんのとりえだったでしょ?

 それを傷物にした以上、責任を取らないといけないと思って…」


そういうことだそうです。


美人というわけではありませんが、バリバリでかっこいい自慢の母親です

そして母親あの世代の女性としては珍しく学者として成功できたのは、自営業の親父が家を守って支えてきたから

母さんがドイツ大学に3年間赴任した時は、俺と2人で寂しそうだったけど頑張って強がってた

そんないつもかっこつけてる父親のことも尊敬しています


だけどな両親よ、

父親「せっかくの母さんの遺伝子だったのに俺が馬鹿なせいでお前が…」

母親「ごめんね、お父さん似の顔に産んであげられなくて…」

とまったく別々に申し訳なさそうに言われた時はかなり傷ついたんだぜぃ

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