私自身の「〇〇」という言葉に対する
イメージが、世間一般の持つ
「〇〇」という言葉に持つイメージと
かけ離れていることに
今回、多くの皆様のご指摘により気づかされました。
身近にいる〇〇をブランディングに利用している友人と
「〇〇は誇ってよいブランドである」
「〇〇のおかげで今がある」
「今の時代は〇〇がかっこいい」
という話題をよくしており、
その単語に愛着と親近感がある環境の中にいたために
差別意識なく使っていましたが
ツイッターでご指摘を受けたように
〇〇=社会的弱者という言葉のニュアンスがあること、
また、そのように受け止めてしまう人が多いこと
に対しての意識がありませんでした。
〇〇という要素を蔑む気持ちは全くなく、
自分自身の学生時代の心境と重なって、
近い存在ではないかと勝手に思っており、
同類であるという前提で
自分を含めた属性を自虐的にちゃかすように使っていましたが
今回、予想以上に多くの人が
この言葉に不快感を持っていることと、
▽▽である私が△△にとって
深いコンプレックスになりうる「〇〇」を
軽々しくネタにすることが
表現の自由や感受性・価値観の違いとは
受け止められない方がいることに気づかされました。
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最後の2行が一番破壊力高いと思う
Permalink | 記事への反応(2) | 22:58
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わかる 受取側の問題にキレイにすり替えるのマジサイコパス
なんという慇懃無礼