はてなキーワード: 哲学者とは
http://anond.hatelabo.jp/20070808143254
利他的行動をエロスと説く人もいるけど、私はどちらかというとアガペと説きたい人。
もちろん、all-or-nothingでどちらかでないといけない、というわけじゃないと思うけれど。
たとえばアガペを土台にしたエロスは夫婦の絆を非常に深めると思う。
http://anond.hatelabo.jp/20070808133311
「心の中の“善い自分”と“悪い自分”が戦っている」というのも、ここでいう「動機」のうちに入るかな? 一元論じゃなくて二元論だけど。
・善い自分が勝てば、勤勉とか誠実とか謙遜とか慈愛とか自制といった結果につながる。
・悪い自分が勝てば、怠惰とか不誠実とか傲慢とか憎しみとか貪欲といった結果につながる。
・人間の行動は、この“善い自分”と“悪い自分”が戦った結果として表れるもの。
といった感じのもの。
この説の信奉者は、哲学者や心理学者よりも宗教家に多いかも。特にキリスト教。元ユダヤ教ファリサイ派だったパウロの言葉とか。
人間が善悪二面を持つのは、「人間は神の像に造られたので本質的に善だが、後にアダムとイヴが禁断の木の実を食べた時に悪の心が入った」とか、そんな感じだったっけ。
#これもやや単純化しているきらいはあるけど……
あと、「性欲だよ」と「死への恐怖だよ」はコインの裏表、という説もあるかも。生への欲求と、死の嫌悪。
だが、考えてみて欲しい。
その「おまえ」を作ったのが誰なのかを。
ある哲学者は言った。「自己自身によって自己を定められる存在は神である」と。それこそが全能ということであると。
あなたは、自分で自分を定められるか?
はじめに言っておくと、宗教を擁護する立場じゃないよ。個人的にはあらゆる宗教に対して全く逆の立場だよ。神やら仏やらがいるって立場からの説教まじうざい。たいてい、信じてない言うとキレるし。
本題。極端な話、頭ではたとえ嘘(というか、「私が神である」って言うのと同じくらいにありえないナンセンス)とわかっていても宗教をやっていることに価値はあると思うよ。宗教そのものから何の利益が得られなくても、むしろ損害を与えられるとしても、それでも価値はあるかもしれないと思う。
例えば、やめようとする信者に対して、うんざりするような超長時間にわたって説得をしたあげくいざやめたら嫌がらせするとか、そういうカルトがあったとする。すると、このカルトから抜けることによって人災を蒙るわけだ。なら、やる気のない一信者でいた方が得かもしれない。
例えば、ある宗教の信者の中には、やめた信者に対して、宗教に対する敵対と思いこんで凶行に及ぶ狂信者がいるかもしれない。極めて無神論に近い思想で知られる哲学者スピノザは、ユダヤ教を破門された際に襲われていたりするし、現代でも、悪魔の詩の作者ルシュディとその関係者はイスラム教徒によって抹殺されたり、されかけた。
上記ほど凄惨なことにはならなくとも、なお人間関係などにさまざまな影響が及んでしまうのは避けられないだろうし。もちろん、抜ける場合だけではなくて、新たに入る場合にも人間関係に大きな影響があるだろうけれども。人間関係のためにやめられないって人間は多いと思うよ。入信したが最後、人間関係以外の点で面倒なことになってしまうこともあるし。多くの人はあえて面倒なごたごたをしてまで檀家やめようとは思わないでしょう?
もちろん、宗教が無ければこんな面倒は無かったって意見もあるのだろうけれど、既に存在しちゃってるのだからしょうがないじゃない。大型家電の廃棄に金掛かりますというなら、持っててもいいやってなる人がいるのも頷ける話でしょう?
昔松本人志が「抜く前と抜いた後の自分、どっちが本当の自分か」て問いを出してたけど
哲学者はこれに答えるべきだと思う。
どうしてあんなに落差があるんだろうか。女はどうなんだろう。
http://anond.hatelabo.jp/20070527184840
とりあえず、仕事を辞めないこと。辞めるのはまだ早い。
「仕事が楽」なのだから、いくらでも生活は変えられる。
資格を取ろうかと考えているのなら、仕事をしながらでも勉強できる。
創作活動がしたいというのなら、仕事をしながらでも創作できる。
哲学科は、まぁやめとけ。哲学なんて仕事をしながらでもできる。いや、生きてればできる。
教授になろうとかそういう意図がない限り、哲学科に入っても特に意味はない。
哲学科っていうのは、「そういう性格の人間」が入学してしまうというだけの話で、
30になってから入学するなんてのは無意味。哲学なんて生きてればできるんだから。
そっち系の本を読むなり(読む場合は原典、つまり哲学者自身が書いたものを読むこと、
できるなら原語で、できないだろうけど)、年寄りの話を聞くなり、
もしくはどっかの社長とか教授とかすげー人とどうにかして話をさせてもらうといい。
つまり、今できることがあるでしょ。仕事が楽なんでしょ。
辞めてからどうのなんて駄目だよ。今やりなよ。
それで「これでいこう」ってのが見つかったら辞めなよ。
そういうことが今できないようだったら、仕事辞めてもなんもできないと思う。
ただ逃げたいだけなんだと思う。
追記:大事なことを書き忘れた。
まずは親と話すといいよ。辞表出す前に。
上でごちゃごちゃ書いたけど、なによりこれを優先した方がいい。
取り上げている題材、着眼点が面白い本なのは確かなのだけれど、第二部においてメタフィクション論を展開するにあたって、既存の批評理論をほとんど参照していないのが気になってしょうがない。『ファウスト』に掲載された上遠野浩平論で佐藤俊樹がドイツ・ロマン主義文学を東の議論に接続していたはずだし、東のひとつのホームグラウンドであるSFにおいても、平行世界論や可能世界論については繊細な議論が行われてきたのではなかったのか。新しい概念を創造するのが哲学者の仕事なのだ、と東はどこかで発言していたように思うが、既存の理論との格闘がないままにいきなり概念が提出されるのは、どうにも知的緊張感を欠いているように感じられてしまう(その意味で、第一部の大塚、新城、稲葉らの緒論との接合までは面白いのだけれど)。また東の昔の発言を参照するが、東は「アカデミズム/ジャーナリズム」という対比を日本の論壇を分析する際に言説に持ち込んでいて、その中間で仕事をすることが大切だ、と以前どこかで述べていた。その対比をそのまま用いるとするなら、ちょっと今の東は「ジャーナリズム」に近寄りすぎてはいないか。在野の一ファンとしてはちょっと残念だ。とはいえ、我ながら無責任な期待だと思うので、こうして匿名ダイアリーに書いておく。お目汚し失礼。
http://anond.hatelabo.jp/20070209115622
それ故の「対話の名手」
すさまじい経験とすさまじい知識を駆使しながら
関西弁の親しみやすさで、彼は相手の懐にはいっていく。
自分たちの言うことを聞かない奴は敵やと思うとるのとちゃいますか。
「戦争の不条理を知り、自己の生と思想を賭けて抵抗した人間と、無自覚に戦争に参与した人間との間には越え難い距離がある」
「マスコミが受け手の予断に迎合して"事実"を伝えようとするとき、情報化社会は相互に盲目化する」
「将来の展望がなかなか開けないのは、いまでも個人ではなく集団の力で何ごともなし得ると思い込んでいるからですよ。
意識的な個人が集まって作る集団が個々の力を十分に結集して初めて事はなる。」
「私は難しい言葉をやたらと使うのがクオリティではないと思う。難解な事実や現象を平易な言葉を使って書く。
それがクオリティではないか。やさしい、普通の言葉遣いで深い、質の高い問題提起を粘り強く続けていく」
「もう徴兵される心配のない年寄りの政治家や財界人や評論家やその他口舌の徒が『徴兵』を口にしてはならない。そうでしょう。違いますか。だが、同時に反安保についても異論がある。我々はもう二十年も前から同じことをさんざん言い続けてきた。まだ反安保を言うのか、と思う。私は『超安保』を主張したい。安保を超える思想を一心不乱に探すときではないのか。そう思うとるんや。どう思いますか」
(はてなの引用新記法・・・生リンクを埋め込んでタイトル自動取得ってここはできんのね)
はるか若かりし頃、私も生の久野収のお話しを聞くことができた。
久野さんは「あなた方のような方々が未来をつくっていけると思う」と肩を押してくれた。
あの寛大さと柔らかさには学ばなければいけないよなぁ・・・。
http://anond.hatelabo.jp/20061207210127
娼婦A「雨上がりの晴天は心地良いですわね。空中の埃という埃が洗い流されて。」
娼婦B「そうですね。冬の散歩って、なかなかに気持ちいいですわ。」
紳士C「精神的安定をもたらす太陽の光…、最近になってネットとリアルの障壁が無存在になったというか、ネットとリアルという双方の世界を仮に認めるとしても、その差異が狭まったというか…」
娼婦B「確実に梅田さんの業績はそのネット社会の肯定ではあったわけですけれども、ネットもリアルも主体は人間という知性であるわけでして、何が本質的に違うのか、もう少し吟味してみる必要がありますわ。」
娼婦A「そろそろ情報思想家といいますか、情報哲学者といいますか、情報に対して真摯な眼差しを向ける人材が、必要になるのかしら?」
紳士C「確かあのパーカッショニストは、『そういった哲学的語りが実社会に生きるのに足るような経済活動に結びつくような、そんな着地点があるのなら、私はそれを目指したい。』と、即興後に語ってたな。彼は、『情報』に対して、かなりの審美眼を持っているように見える。彼の名前、思い出したか?」
娼婦B「えっと、その、教養人、という意味のアイデンティティでしたわ。」