2024-08-15

好きな本があった

その古書店に入ったのは偶然で、その本を手に取ったのも偶然だった。

何処なく、何気なく惹かれたのだった。

その本は美しく、僕は何となく見惚れてしまった。

それから古書店に何度か足を運んだ。

他の本を見ているつもりでも、こっそりあの本を視界の片隅に捉えているような。

多分そのころにはもう、僕は好きになっていたのだと思う。

僕は古書店に足繁く通い、例の本がまだ売れていないのを確認するとホッとするのだった。

僕の片思いが始まって1カ月ほどが過ぎたころ、帰りがけに僕は古書店に再び寄った。

他の本に目を滑らせるようにして、滑り切った先にはあの本があるように。

でも、なかった。

いつもの場所。確かにあの場所にあるはずの本が、なくなっていた。

僕は我が目を疑った。胸がドキドキする。嘘だろ?って思った。

慎重に、ゆっくりと僕はあの本が納めてるはずの本棚の前に移った。

記憶を目の前に映し出すように、僕は上から順に視線を泳がせた。

そこには、確かにあるはずの本がなくなっていた。

僕は唖然とした。

でも、もうどうしようもないじゃないか

こうして僕の初恋は終わった。

それでも僕は、今でも彼女の姿を心の何処かで追っているのだと思う。

どうしてもっと早くに声をかけなかったのか。

現実非情で、競争社会で、そんなことは知っていたはずなのに。

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