今はもう交流はゼロで、元々の友達以外とは積極的に話したりはしない。しかしそれを行わないと、存在が認知されない&好きな人になれないため、伸びることが難しいことを知る。
交流好きな人の、なんでもない落書きがリツイートされてゆく。リツイートしなくていい人の自分の絵は流れて終わりだ。
とは言え、そんな小細工がいらないほど絵が上手くなりさえすれば、この悩みは終了なはずだ。
絵はうまさもさることながら、結局のところ完成度で決まる。ざっと描いた絵でも、仕上げがしっかりされていれば、完成した絵に見えるのだ。逆にどれだけ時間をかけ丁寧に描いた絵でも、キメるところをキメていなければ、それは絵だとみなされない。世知辛い。
絵を練習していると、いくらTwitterで伸びたって本が売れなきゃ…ファンがつかなきゃ…というような、いじわるムーブを投げつけられることがある。本なんて何もしなくても売れる。こっちは神絵師になりたいんだ。万のフォロワーを持ち、描く絵描く絵1000いいねが超える神絵師になりたいんだ。他人を鏡にするな。
とは言え、そんな小細工がいらないほど絵が上手くなりさえすれば、この悩みは終了なはずだ。 まるで神絵というものが存在し、それを描き出す神絵師が居るかのような理解だが、 ...
絵を描かず何も試していないあなたの考えを教えてくれてありがとう。