2019-07-23

政治の話が気軽にできる」は「政治思想が異なる」場合可能なのか?

恋人同士や家族同士でも気軽に政治の話をできる世の中にしよう!」という意見

素晴らしいし、私もそう思うしそうなった方が良いと思う。

思うのだが、気になるのは「政治思想が同じである」ことを前提としており、

政治思想が異なる」ことを想定してないのでは…と思うのだ。

政治思想が同じであれば比較的気軽に話せるであろう。

しかし、政治思想が異なる時、果たして気軽に話せるもんなのか?

と思ってしまうのは私の見識が浅いせいだろうか?

世の中の「料理の好みは違うけど関係なく恋人」みたく

他にもオタ非オタ陽キャ陰キャ応援してるプロ野球チームとか

などといったお互い異なる要素と同列で、

政治思想は異なるけど関係なく恋人

なんて果たして可能なのか?

と思ってしまうのは私の見識が狭いせいだろうか?

それとも「政治思想が同じ人とだけ付き合えばいいんだ」って話?

しか相手が半永久的に自らと同じ政治思想である、などという保証はどこにあるのでしょうか?

違ったら別れてしまうのでしょうか?

と思ってしまうのは私の見識が甘いせいでしょうか?(しつけーな)

まあ要するに何が言いたいかと言うと、

政治についてもっと気軽に話せるようになろう!」

と言うのは結構だが、

政治思想が同じであることを前提としてないか

政治思想が異なる場合どうするか?をあんまり考えてないんとちゃうんか?ってことです。

  • 個人的には、韓国に対して宥和姿勢の人間と仲良くなりたくはない。

    • 自分の子供がいじめられた時も宥和姿勢とるのかなって思っちゃうよね

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん