2019-04-04

日本の今の問題は、「選択と集中」というような、短期的な勝ち馬に乗ることを選ばないと、と皆が焦ってばかりで余裕がない結果、確実な勝ち馬ばかり潤って、癖のある在野の存在がどんどん枯渇して行くこと。

多少ましな在野が現れても、余裕がない人たちが、余裕がないがために確実な勝ち馬かどうかを判断するために、石橋を叩いて渡るという諺のように色々と叩き出して耐久テストを始める。

その結果台頭する勝ち馬は、叩かれても倒れない耐久力を持つもので、そういう物は大抵他の言動を良くも悪くも聞かない。

から勝ち馬に乗ったところで乗ってる人が報われるかは全くのランダムさらに、大抵はほぼ報われない。

一方で、在野はそもそも耐久テストを勝ち抜いて勝ち馬にならない限り、ランダム可能性すらない報われ具合。

から在野の人間も、在野サポーターは癖のある人間ばかり点在することになり、その癖が耐久テストで叩かれて、勝ち馬世界からは弾かれていく。

その結果、在野と在野サポーター変人だらけの世界問答無用朽ち果てていき、勝ち馬世界では、勝ち馬だけは確実に潤い、勝ち馬サポーターはいつか潤うことを希望しながら殆ど朽ち果てていく。

この構造日本の現行なのだ、と私は思う。

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