母親が遺品整理のついでに父親の書いた日記を引っ張りだして来た。
あんなことが書いてあった、こんなことが書いてあったと楽しげに報告してくる。
今日は一日雨だったとか、誰とゴルフしたとか。日記というよりは日報のような代物だ。
だけどそれってどうなのかなあ。
そもそも他人に読まれることを前提に書かれたものではない訳だし。
死者への尊厳云々は別としても、もう死んだ人間の日記を読みふける精神状態ってどうなんだろう。
この前も「日記にお前のこと書いてあったよ」と言ってきたのでぞっとして「もうやめろよ」と怒ってしまった。
書いてあったのは、何時に帰ってきたとか、そんなレベルの事だったそうなのだが。
母曰く、日記を読んでいると父に会ってる気分になるそうなのだ。
家族、特に配偶者は見てもいいと思う 見ないのも自由だし、見なきゃよかった何かと対峙してしまうリスクも考えるべきではあるが…
先週だか先々週のNHKラジオで小野正嗣氏がJ.M.クッツェー『マイケル・K』という小説を題材に、 人には語ることの自由もあれば語らないことの自由もある 誰かから無理やり語らせるこ...