赤ちゃんの私と、赤ちゃんの私を抱えた母を、あなたの人生から切り捨てた時、どういう気持ちだった? と父に聞いた。
父は、よく覚えていない、と濁した。
私を父親のいない子どもにした人。
私が七つのときに、再婚したんだよね。子どもはできなかったって言ってたけど、できなかったってことは、作ろうとしたんだよね。
どういう心境の変化なの? と父に聞いた。
父は、どういうって何が、と聞き返した。
一度いらないと思った、妻と子どもが、もう一度欲しくなったのは何故? と、言葉を変えた。
父は、そうしたいと思える人が現れたからそうした、と迷わず答えた。
私の母をシングルマザーにした人。
父親のいない子どもの私は、
誰か知らない女の人の旦那さんと別れて、
シングルマザーの待つ家に帰る。
誰か知らない女の人に必要とされて、帰路につく大きな背中に、ぶつかって、弾けて、消える、子どもの私。
震えている。
みなしごのように。
シングルマザーの待つ家に帰れば温かなスープと茶色のテディベア。父親だった人は私達を不幸にできなかった。
こうして今日まで生きている。からだは溌剌として未来を向いている。悲しいことなんかひとつもなかったみたいに。
父親のいない子どもは、父親だった人と、夫のいない妻のことを少しだけ忘れて、一人のにんげんになろうと決めた。