空は奇妙な色に染まっている。
茜色のようで、そうではなく、かといって青でもなく、茜と青の中間でもない――そういう色だった。
天頂は青なのだが、その周囲に赤が時折交じる、というパターンの色合いだった。
その空の下に、見渡すばかりの麦畑が広がっている。
――いや、正確に言うならば、僕はその麦畑を見渡すことはできないのだけれど。
ところで、この世界が一体何なのかについて敢えて僕は語るまいと思う。
何故なら、そもそも僕自身それをきちんと理解できていないし、それに、仮に理解できたとして、それは誰かに説明できるような代物ではないことくらい、僕にだって分かるからだ。
だから、この世界がどういう存在なのかについて語る代わりに、僕は僕自身のことについて語ろうと思う。
僕の身長はとても低い。
というか――そもそも僕にはほとんど何もできない。
僕には、できることの方が少ない。
僕には様々なものが欠けていた。
例えば、周囲に立ち込めているであろう、麦の香を嗅ぐこともできなかった。
僕は不完全なのだ。
僕は、この視界を埋め尽くしている麦の茎の間を、すり抜けるようにして歩いていた。
だから、度々僕は立ち止まることになった。目の前を塞いでいる麦の所為で、先に進むことができなかったのだ。
そんな折には、僕は方向を変えて、別のルートで進むことができるかを試すのだった。それを何度も続けていた。どれくらいの時間そうしていたのかは、分からない。元より、時間などあってないのと同じようなものだった。
だから、僕が自分の作業に没頭していた状態から目覚めたのは、ぱき、ぱき、という麦の茎の折れる音を聞いてからだった。
僕は、長い間その足音を見失っていた。
そして、その足音に追いつこうとしていた。
それほど長い時間ではなかったけれど、とにかく僕は一人ぼっちになっていた。この麦畑に足を踏み入れたのと、ほとんど時を同じくして僕達ははぐれたのであった。
そういうことだったので、麦の穂と穂の間の空間――そこからは奇妙な色の空が見える――から、彼女が顔を出した時、僕は正直なところほっとしていた。
そして、それは多分彼女の方でも同じだったのではないか、と思う。彼女は、笑みを浮かべていた。柔らかく目を細めて、僅かに口角を緩めていた。
彼女は、僕の前にまでやってくると、丁度、僕の眼前を塞いでいた麦の穂を、ぱきぱきと折ってくれた。
そうやって、彼女は僕の前の道を開いてくれた。
僕は、素直に感謝しながら、続けざまに道を作ってくれている彼女の後ろに、付いていった。
ずっと昔からこんなことを続けていた。
麦畑に入ったのは、それほど前のことではない。
本当に大した時間ではない、それこそ、一粒の露が乾く程度の時間でしかない。
それでも、僕達はどこにも行けない存在だった。
歩いているけれど、歩いてなどいないのだ。
僕達は不完全だった。
彼女もそうだった。
僕達は。
でも、いつかは、僕達はこの麦畑を抜けることができる。
その確信は常にあった。
僕達は別の世界に渡ることができるのだ。
彼女も、僕も、そう信じていた。