例えば仕事の資料を見ながらとか、スマホで動画見ながらとか、イヤホンで音楽を聴きながらとか、ひっきりなしにおしゃべりをしながら、である。
また牛丼を飲料の如く流し込むような食事の仕方をする人もいる。そんなことをしてごはんの味がわかるのだろうか。いや分からないだろう。
食事というものは、人間に与えられている最も根源的・原始的な欲求のうちの一つであり、ほんとうの意味で生存に必須な行為の数少ない一つである。
その意味では他には睡眠、排泄、呼吸くらいしかなく、他のあらゆる行為は生活には必要であっても生存に必須ではない。
また食事により欲求を満足させることができる質や量には限りがある。年齢を経るごとに味の好みも変わるし、そのうち満足にものを食べることもできなくなる。
以上の理由から、自分にとって食事というものは非常に重要なものであり、それが食堂の安定食であろうがスーパーのおつとめ品であろうが、体の隅々まで行き渡らせるように味わうように心がけている。
したがって、どれだけ忙しくても、一定の時間をかけて内なる自分の世界に集中して食事に対して取り組むことが、人生をお手軽に充実させる手段であると思うし、
冒頭に述べているような人々はその機会を棄損し続けているように思える。これは食事ではなく食餌なのではないか、とさえ思うこともあるのである。
食事って栄養素や水分を摂取する手段でしかないので、食事しなくても点滴すれば生きていけるよ。
逆に、食べることってそんな重要か?って思う。 本質的に栄養補給でしかないのに、なんで時間をかけておいしいものを食べなくちゃいけないのか、謎に思う。 子供の頃と同じで、早く...