2021-02-06

死ねいから丁寧な生活をしている

わたし恋人のことを好きなのは、彼があたらしい子どもを作ろうとせず、働くことが好きではなく、それでも秩序をもって生活しようと努めているからです。

彼は、帰ってくるとまず上着コート掛けにかけて、きちんとブラシをかけますスーツを脱いで、所定の位置ハンガーにかけますワイシャツマスク靴下洗濯籠へ。部屋着に着替えたあと、手を洗います厚労省の手の洗い方。どんなに疲れている日でもそうします。

丁寧な生活をするのは、生きるのが好きだからでしょうか。彼はよく、白くてつるんとした琺瑯のポットでお湯を沸かして、紅茶を淹れてくれますわたしは、紅茶のことが好きなふりをして「紅茶飲むのって好き」って言います。でも、ほんとうはそうじゃない。形のいい琺瑯のポットに水を入れて、コンロに置いて、火をつけてあたためて、そのあいだに茶葉を選んで、湯気の立つ透明な湯を細いきれいな形の口からガラスのポットに注ぐ、砂時計をひっくり返して琥珀色を待つ、カップに注いで眺める、そういうのをおまじないというか、儀式みたいに思っているんです。

そんな儀式、つまりなぐさめが必要なくらい、生きていくのがしんどいのかもしれないな。と思ってわたし勝手に彼に思いを寄せているんです。働くことが好きじゃないといいながらも、高給取りであり、毎日秩序のある生活をしている彼に、勝手に納得がいってしまうというか。そうじゃないと死んじゃうんでしょ? うーん、死ねないの。死ねないんだよね。死ねいから、あきらめて丁寧な生活をしているんだよね。丁寧な生活なんてしてしまうほどに、死ぬのはむずがしい。案外死ぬ時は自分で決められない。死ぬ時に死ぬ。生まれる時も同じ。わたしも彼もあたらしい子どもを作らない。わたし毎日とても片付いた部屋がいつも片付いているように、決まった時間に起き、ロボット掃除機の電源をオンにして、会社に向かいます別にそれが好きだからだとかじゃなくて。

彼といる時に切なくならないのは、たぶんそういう理由です。

  • 不倫経験者の書く文って独特の気持ち悪さがあるよね

  • 幼い子供を亡くした夫婦が亡霊のように自死もできず次の子も作れず ただ紅茶と時間を消費していくはなし

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