2016-06-10

ゆゆ式」が受けた理由村上春樹の反復

解離モデルではなくオブジェクトメタモデルから

日常系アニメ(例:Aチャン、きんモザ)は基本的に解離モデルだ。

「日常」性格と「ギャグ」の性格が解離しており、それを統合するメタレベル希薄だ、そんな印象を受ける。

他方、ゆゆ式は「ギャク」の性格を包括するメタレベルとしての「日常」性格があると思える。

ピンクの子がわけのわからんギャグを言って「今の、恥ずい……」と言ったり、どこか超然としたopなど、メタレベルの知覚への誘いに満ち満ちている。

(そうでない面もあるという指摘もあるだろう。その指摘は受け入れる。ただ「漠然と眺めて二分出来るよね」という話だ。)

そんなわけで、構造にゆゆ式は他の日常系アニメと違う。そこら辺が、コアなアニメから受けた理由だろう。

そして、この「オブジェクトメタ構造」は村上春樹の反復だと思う。

村上春樹小説については、「オブジェクトレベルでは日常の些事に汲々としながら、メタレベルではそれらを超然と眺めていて云々」という批判(?)がなされてきた。

これはゆゆ式構造に近いと思う。「オブジェクトレベルでは日常の些事に汲々としながら、メタレベルではそれらを超然と眺めていて云々」ゆゆ式の子たちではないか

これはエビデンスゼロだが、ゆゆ式好きな人たちは村上春樹全然興味を示さない(好きではない)のも面白いことだと思う。

異なっているからこそ反復が可能でもある、と言うか。

そんなわけで僕はゆゆ式が嫌いです。

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