2016-03-17

夢と目標、気づいたらアラサー

何事も斜に構えてモノを見るようになったのは、自信と夢が無くなったのが原因かも知れない。

目標けがピシッと残ると、それはそれでただのレベル上げになり、味気ないもんである

ゲーム全部を楽しむ気持ちはどこへ消えたのか。

人生をざっくり前と後に分けて、前は「ガムシャラ期」後は「安定期」としよう。

まず、ガムシャラ期は、人生意味自分の夢についてゴリゴリに考えて、ガムシャラに行動する。

これは、人によって長さは違う。

ガムシャラに事を進めていると、たくさんの壁にぶち当たる。これをひたすら壊す事に心血を注ぐ。

青春」という概念がこれに近いと思う。

燃え尽きるか否か。エネルギーの個人差によって期間はそれぞれ異なる。

その中で、分かりやす「夢」を叶えるのは、このガムシャラ期に事を成した人達だ。

夢とは、余計な打算を抜いた力技で掴み取るものだ。。。と個人的には思う。

その夢には大小がある。

宇宙飛行士経営者代議士。。。のようなものから、「絵に描いたような学生生活を送りたい」というものまで。

夢はフーセンみたいなもので。。。

1.しぼんでくると、無くなる事もある。

2.もしくは、大小に関わらず、夢を掴む。

このどちらかの条件を満たすと、人生フェーズが、ガムシャラ期が安定期に変わる。

安定期については、以下のような事に意味を強く感じるようになる。

人を育てる、後世に何かを残す、自分の手の届く領域を守る…など。。。

ガムシャラ期に感じたもの、手に入れたもの、手に入らなかったもの、その分析…など、夢に向けたホニャララの全部を活かした人生がまた始まる。

それはつまり目標である

まり、夢とは人生の本題であるが、無くなった所でその後には目標が残る……

という持論です。全然違うと思う人もいるやろうけど。

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