夢というのは一体なんだったんだろうか。
いつ夢を見なくなったのだろうか。気付けばもう年齢だけが過ぎてしまっていた。
夢というのは目標だ。
生きる指標というのは暗闇の中を照らす灯りだ。
夢というのは暗闇の中を照らす灯りで、それをあざ笑う人間はニヒルぶった暗闇を彷徨う蛆虫と同じだ。
よく覚えているのは幼稚園の時に夢を描くという題材で僕は何かに遠慮して「宇宙飛行士」と描いてしまったことがあった。本来の夢は「世界を旅してまわる人間」だった。
そんなものは幻想だと頭の中で思っていた。食い扶持の無い自分のやりたいように生きる人間なんてのを憧れに描いてしまうことはとても恐ろしいことのように思えた。
だから「この年齢の子ならこんなの描くだろう」くらいのつもりで「宇宙飛行士」と描いた。
大人になった今となればどっちの方がなりづらいかで言えば宇宙飛行士の方がなりづらいのである。
そして、そういう比較的なりやすい「旅人」の夢から逃げた幼稚園児は、夢を語ることから逃げた大人に変わり果ててしまったのだ。
単なる自己否定が齎すものは賢者などではなく、只の臆病者だった。
「夢を教えてください」という言葉を聞く度にしかめっ面していたのは、その日の自分を睨み付けているからだった。
大人になった今ではわかる。
なんとか自分の力で折りたたんでやるのが本当になすべきことなんだ。
現実とかいうものは見つめれば見つめるほど頭のおかしくなる産物なんだから、それを人が過ごしてどうやるかを思うより、まずは自分が生きてどうやるかを考えなければ、そんなもの取り込まれてしまうに決まっているんだ。
そして、夢を忘れてはいけない。
故に、夢は叶えなければならない。
そしてその夢が叶ったなら、今度は別の夢を見ることを忘れてはいけない。
そして、俺はもう一度夢を見ることは出来るのか。
いや、見るのか。