2011-09-05

厄年から何?

客先での打ち合わせ中に世間話タイムになり、そこで

「そういえばキミさ、今年が厄年だよね?」

と聞かれた。

からそんな迷信じみたものを信じる気はなかったので

「ええまぁそうですが」

曖昧に答えたのだが、

厄払い行った?え行ってないの?じゃあしばらくキミは仕事を出せないよ」

と言われた。

厄年なんて仏教神道の金儲けイベントではないか

確かに体調を崩したり精神的に迷いが出る年頃なのかもしれないが、

そんなことは厄年に限らずいつでも心構えているべきことだ。

厄年から良くない事が起こるのではなく、厄年から仕事を減らされたり

距離を取られたりするような嫌がらせを受けるのである

さて、今の私に与えられた選択肢は3つだ。

(1)こんな客先とは付き合わない

(2)厄払い行ってきましたとウソをつく

(3)クリスチャンになる(もしくはそうウソをつく)

最初選択肢自分の信念を貫き仕事を失うということであるプライドを取るか

仕事を取るかということだ。

2はその逆である。ある種のゴマスリである。いっそ本当に厄払いに行った方が

潔い気がするが、それこそ神社なり寺に対して失礼な気もする。

ただ、厄払いに行ったことを公言したところで、仕事上のトラブルが起きれば

あい厄年からなぁと言われるのは目に見えている。厄を気にする人間とは

そういうものだ。そういう時はヘラヘラ笑いながら

「かんべんしてくださいよー厄払い行きましたからー」

とでも言っておけば許されるだろうし、それが社会における処世術というものだろう。

しかしどこか釈然としないのはちっぽけなプライドを捨てきれないからだろうか。

3は効果的な気がするが、他人が持つ私のプロフィールクリスチャン

書き加えられてしまリスクが計れないので危うい感がある。

まったく、公の場で政治宗教の話は避けるべきだとよく言われるが、厄の話も

しないで欲しいものだ。本当に悩ましい。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん